相馬才乃さんの卵巣がん闘病記|18歳の時に卵巣がん(ステージ1C)と診断
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相馬才乃さん闘病まとめ:
相馬才乃さんは、北海道小樽出身で、現在は札幌に住みながら愛知県で大学生として生活を送っています。18歳の時に卵巣がん(ステージ1C)と診断され、手術と薬物療法を経験しました。大学入学直後に体の異変に気付き、母親からの指摘をきっかけに病院を受診。急激な腹痛やおなかの張りを経て、婦人科での検診から大きな病院での検査へと進み、左卵巣の摘出や子宮温存の選択を迫られました。治療中も大学生活を両立させ、抗がん剤治療の副作用に悩まされつつも強行突破で乗り越え、現在は大学院で医療社会学を学ぶ道へ進んでいます。早期発見の重要性を訴え、体の変化に気付いたらすぐ病院へ行くことをメッセージとして伝えています。
「悲しむ暇がなく、次に何をするかを考えた」:相馬才乃さんの切り替えの力
相馬才乃さんが卵巣がんという大きな試練に直面したとき、彼女の心に浮かんだのは意外にも悲しみや絶望ではなく、次のステップへの冷静な思考でした。インタビューの中で彼女は、岸田さんとの対話でこの心情をこう振り返っています。「卵巣がんですって言って先生が、今までの病名は、カルテに卵巣腫瘍って書いていたものが卵巣がんって変わったときに、私ってがんなんだみたいな。もう、いろんなことが一気に進んでたので、悲しんでる暇が自分にはなくて。もう卵巣がんだったら、次、何をしなきゃいけないのかなっていうふうに、もう考えてました。」この言葉からは、彼女が感情に流されず、現実を直視して前進する強さが伝わってきます。
この場面は、彼女が18歳という若さで卵巣がんステージ1Cと告知された瞬間です。左卵巣を摘出した後の病理検査で、腫瘍が悪性であることが判明し、正式に「がん」という診断が下されたときでした。通常、こうした告知は誰にとっても衝撃的で、恐怖や不安に支配されがちです。しかし、相馬さんは「悲しむ暇がなかった」と語ります。その理由は、診断から治療までが怒涛の勢いで進んだことにあります。婦人科での初診、大きな病院での検査、北海道への帰省、左卵巣摘出、そしてがん告知と、手術や決断が次々と迫る中で、立ち止まって感情に浸る時間すらなかったのです。
彼女のこの反応は、単なる時間の制約によるものではなく、彼女自身の「自分らしさ」を映し出しています。普段は「感情的なタイプ」で、日常生活でも喜びや悲しみの差が激しいと自己分析する相馬さんですが、危機的状況では驚くほどの実践的な思考にシフトします。「私ってがんなんだ」と認識した瞬間から、「次に何をしなきゃいけないのかな」と考えるスイッチが入ったと彼女は表現します。この切り替えの早さは、彼女が逆境を乗り越えるための武器であり、後に子宮温存の選択や抗がん剤治療の決断でも発揮されました。例えば、抗がん剤治療を始める際も、副作用への恐怖よりも「誕生日前に髪が抜けるのは嫌だな」という個人的な思いを率直に認めつつ、治療スケジュールを強行突破で乗り切っています。
この「悲しむ暇がなく、次に何をするかを考えた」という姿勢は、相馬さんの人生観や強さの象徴でもあります。彼女は告知後も立ち止まらず、治療を終えた後には大学院で医療社会学を学び、社会に還元する道を選びました。原文にある「もう卵巣がんだったら、次、何をしなきゃいけないのかな」という言葉は、単なる状況への対応を超えて、未来を見据える前向きな意志を示しています。彼女にとって、がんと向き合うことは悲しみに暮れる終着点ではなく、新たな行動や目標への出発点だったのです。この切り替えの力は、読者にとっても大きなインスピレーションを与えるでしょう。逆境に直面したとき、感情に流されず「次に何ができるか」を考えること。それが、相馬才乃さんが見せてくれた、自分らしく生き抜くための道筋なのかもしれません。
前向きで力を与える発言や考え:
- 「早期発見が大切」: 「自分の体の変化に気付いてすぐ病院に行ったことが、短期間で治療を終えられた大きな理由だと思うんです。」
- 「次に何をするか考える」: 「卵巣がんと告知された時、悲しむ暇がなくて、次に何をすべきか考えるスイッチが入ったと思うんです。」
- 「想像より乗り越えられる」: 「抗がん剤の副作用は怖かったけど、やってみたら想像よりずっと楽に感じたと思うんです。」
- 「経験を未来に活かす」: 「がんの経験が大きかったからこそ、医療社会学を学んで社会に還元したいと思うんです。」
(がんノート)
相馬才乃さんの闘病記録:
- 初期症状と発見
- 大学入学後、母親におなかの張りを指摘される(2017年11月頃)。
- 北海道への帰省中、風呂上がりに異変を認識するが、当初は自覚症状なし。
- 名古屋に戻った後、急激な腹痛が発生。おなか全体に激痛が走り、歩行や呼吸でも痛みが続く。
- 初診と婦人科検診
- 腹痛が数日続き、婦人科を受診。エコー検査で異常が疑われ、即座に紹介状を書かれる。
- 翌日に大きな病院での検査が必須と医師から強く指示され、大学のテストを休んで受診。
- 診断確定
- 名古屋の病院で卵巣腫瘍の疑いと診断。良性か悪性かは手術で病理検査が必要と説明される。
- 北海道の大学病院で正式に卵巣腫瘍と確定し、治療方針を決定。
- 手術(左卵巣摘出)
- 左卵巣に腫瘍が確認され、腫瘍のみ摘出か全摘かを選択。
- 再手術のリスクを避けるため、左卵巣全体を摘出(2017年11月頃)。
- 術後、摘出した腫瘍が悪性で「卵巣がんステージ1C」と告知される。
- 子宮温存と追加手術
- がん再発リスクを考慮し、子宮と右卵巣の全摘か温存かを選択。
- 若さやライフプランを優先し、子宮と右卵巣を温存する決断。
- 転移確認のため、大網・虫垂・腹膜を切除し病理検査(子宮付属器悪性腫瘍摘出術)。
- 薬物療法(化学療法)
- 再発防止のため、パクリタキセルによる抗がん剤治療を提案される。
- 3クール実施(2018年3月~4月)。1クール目は入院、2・3クール目は2泊3日で対応。
- 副作用:発熱、関節痛、髪の毛の脱毛(2週目から)。倦怠感は3~4日続く。
- CVポートを設置し、治療終了後に抜去。
- 治療後の経過
- 転移はなく、治療は2018年4月に終了。現在は定期検診で経過観察中
参考資料: