クルーグ絵里香さんのがん闘病記|卵巣がんステージⅡBからの復活と夢への挑戦
LA Butterflyとは:
LA Butterflyは、ロサンゼルス発信のがんサバイバーたちが『自分らしさ』を見つけ、力を得たストーリーを届けるプラットフォーム。さなぎから蝶へと羽ばたくイメージを込め、彼らの言葉、学び、おすすめアイテムをまとめ、希望と勇気を共有します。
クルーグ絵里香さん闘病まとめ:
クルーグ絵里香さんは、2018年1月に卵巣がん(胚細胞腫瘍、ステージⅡB)と診断され、23歳の若さで人生の大きな試練に直面しました。左上腹部の痛みから始まり、CTやMRIを経てがんが発覚、手術で両側の卵巣と子宮を摘出しました。その後、抗がん剤治療(BEP療法3クール)を経て、現在は経過観察中です。治療中は副作用の脱毛や耳鳴りに悩まされつつも、吐き気などの重い症状は薬で抑えられ、比較的元気に過ごせました。たとえば、抗がん剤治療中もお菓子を食べながら友人と話すことができたほどです。職場復帰後は体力が落ち、通勤が一苦労だったものの、転職を決意し、現在は出版社でファッション誌関連の仕事に挑戦中です。家族のサポートや医療従事者のケアに感謝しつつ、母から「がんを隠すべき」と言われたことに反発し、オープンに生きることの大切さを実感しました。恋愛や妊孕性への不安を抱えながらも、行動力と挑戦するマインドを「キャンサーギフト」として得たと語ります。この経験を通じて、彼女は自分らしい生き方を見つけ、夢に向かって歩み続けています。
「挑戦へのマインドをくれたキャンサーギフト」:
クルーグ絵里香さんにとって、がんとの闘いは単なる試練ではなく、人生を変える大きな転機となりました。彼女はこう語ります。「挑戦しようって思えたのは、がんになったからこそ。」この言葉には、23歳という若さで卵巣がん(胚細胞腫瘍、ステージⅡB)と向き合った彼女の深い気づきが込められています。2018年1月にがんが発覚し、手術や抗がん剤治療を乗り越えた彼女にとって、その経験は「生きるか死ぬか」という究極の選択を突きつけた瞬間でした。当時、彼女は左上腹部の痛みをきっかけに病院を訪れ、子宮筋腫と誤診されたまま数か月を過ごしていましたが、定期健診で異変が明らかになり、がんという現実に直面したのです。
「生きるか死ぬかを考えたときに、やりたいことは絶対やるべきだと思うんです。」と彼女は続けます。この思いは、治療中の苦しみや不安を超えて芽生えた強い意志を表しています。例えば、手術で両側の卵巣と子宮を失い、将来の妊娠が不可能になったことや、抗がん剤治療による脱毛や耳鳴りといった副作用に直面しながらも、彼女は前を向きました。手術当日、朝9時から始まった手術は転移がなく13時半に終わり、命が助かった安堵感と同時に大きな喪失感も味わったと振り返ります。職場復帰後、体力が落ちて通勤途中にカフェで休憩が必要だった時期を経て、ホテルでの仕事を続けながらも、「やりたいことは絶対やるべきだ」という信念のもと、出版社への転職を決意したのです。この決断に至るまでには、治療後の体力低下や精神的な葛藤を乗り越える過程がありました。
この挑戦のマインドは、がんを「キャンサーギフト」と呼ぶ彼女の姿勢に象徴されています。治療中は死しか見えない時期もあったものの、看護師の「あなたの人生もこれからじゃない」という言葉に救われ、未来を描く力が湧いてきました。彼女はその瞬間を、「暗闇の中で初めて光を見たような感覚だった」と表現します。そして、出版社でファッション誌に関わる現在の仕事は、「名前の残る仕事がしたい」という夢への一歩。転職活動では、体力面や通院スケジュールを考慮しながらも、自分の情熱を優先させる勇気を持てたのは、がん経験があったからこそだと語ります。彼女にとって、がんは恐怖や喪失だけでなく、「行動力」と「挑戦」をもたらした贈り物だったのです。この章は、クルーグさんが原文で語った「挑戦しようって思えたのは、がんになったからこそ。」:「生きるか死ぬかを考えたときに、やりたいことは絶対やるべきだと思うんです。」という言葉を軸に、彼女の前向きな変容を伝えています。
前向きで力を与える発言や考え:
- 「あなたの人生も、これからじゃない。」:「治療や死しか見えなくても、これからが始まるって信じられる瞬間が来ると思うんです。」看護師からもらった希望を、闘病中の人へ届けたいと願っています。
- 「がんを隠すことで自分が悪いことをしている気分になった。」:「隠す必要はないし、オープンに生きる方が楽になれると思うんです。」母との意見の違いを乗り越え、自分らしい生き方を選びました。
- 「日常が続いたらいいな。」:「シンプルだけど、明るい未来を願う気持ちが大事だと思うんです。」治療後の小さな幸せを大切にする姿勢が伝わります。
(がんノート)
クルーグ絵里香さんの闘病記録:
初期症状と発見
2017年11月:左上腹部の強い痛みを感じ、CT検査を受診。彼女はこの痛みを「我慢できないほど」と振り返ります。
初診時:子宮側に影が見られ、子宮筋腫の可能性を指摘されるが、良性と判断し様子見を選択。当時は異変に気付きながらも放置してしまったと後悔を語ります。
2018年1月:定期健診で腫れが確認され、医師から「何かおかしい」と再度CTを勧められる。この時点で不安が募ったと彼女は述懐します。
診断プロセス
大病院へ紹介状を受け、2日後に受診。急いで予約を取ったのは、医師の真剣な表情が印象的だったから。
MRIとPET-CTを1週間以内に実施。検査のたびに緊張感が増し、「悪い予感が現実になった」と感じた瞬間でした。
画像診断の結果、「恐らくがん」と判断され、手術が提案される。医師からの説明は冷静で、頭が真っ白になったと彼女は語ります。
診断確定:卵巣がん(胚細胞腫瘍)、ステージⅡB。告知を受けた時、23歳の若さで未来が閉ざされたような感覚に襲われたそうです。
治療:手術
2018年2月:両側の卵巣と子宮を摘出する手術を実施。手術前、子宮を残せる可能性も示唆されたが、結果的に全摘に。
手術時間:朝9時開始、転移がなければ短縮され、13時半に終了(転移なし)。目覚めた時、転移がない安心感と喪失感が交錯したと振り返ります。
術後病理検査でステージⅡBが確定。医師から「抗がん剤が必要」と告げられ、再び治療の覚悟を迫られました。
入院期間:術後10日間。退院時には体力の衰えを実感しつつも、生きている喜びを感じたそうです。
治療:抗がん剤
BEP療法を3クール実施(標準治療として決定)。治療中は「生き延びるため」と自分を励まし続けました。
期間:手術後から6月まで。約4か月の闘病生活は、精神的にも肉体的にも試練の連続でした。
副作用:脱毛、耳鳴り(現在も継続)、軽い吐き気や倦怠感(薬で抑制)。特に耳鳴りは音楽好きの彼女にとって大きな打撃でしたが、前向きに受け止める努力をしたと語ります。
白血球低下対策:注射で対応(背中の強い痛みを伴う)。この痛みは「耐えるしかなかった」と振り返り、治療の厳しさを物語っています。
経過観察
現在(2025年3月時点):2カ月に1回の血液検査と内診。通院は負担だが、健康を確認できる安心感もあると彼女は言います。
治療終了後:2018年6月に白血球が回復し、7月に職場復帰。復帰直後は体力の限界を感じつつも、日常に戻れた喜びが大きかったそうです。
参考資料: