【乳がん闘病】第二話 ステージ4からの気持ちの切り替え 漫画家たみふる/白戸ミフルさん LA Butterfly
LA Butterflyとは:
LA Butterflyは、ロサンゼルス発信のがんサバイバーたちが『自分らしさ』を見つけ、力を得たストーリーを届けるプラットフォーム。さなぎから蝶へと羽ばたくイメージを込め、彼らの言葉、学び、おすすめアイテムをまとめ、希望と勇気を共有します。
ステージ4乳がんをきっかけに漫画家になった、恋愛ドキュメントバラエティー『あいの里2』 (Netflix Japan)でもお馴染みの”たみフル”こと、白戸ミフルさんのインタビューです。
たみフルさんの闘病中の方へのメッセージのまとめはこちら。
ステージ4からの気持ちの切り替え。
乳がん、自分自身と向き合うと同時に、「死」と向き合った白戸ミフルさん。
ネガティブな気持ちに陥る場面で、それをどう受け止めていったのか。
また、乳がんになってからミフルさんの人付き合いに変化はあったのか、また癌患者同士で話す内容について、お話を伺いました。
アクティブになった”ある時点”とはなんだったんですか?
自分が乳がんと診断されて、人生に終わりがあるということを初めて実感したというか、本気で自分の人生の終わりの「死」というものについて向き合った時です。
当然、「死」を全く知らないというわけではないですが、乳がんと診断される前は、生活送っていく中で自分が死ぬなんて事を考えたことがなかったんです。
乳がんと診断され、しばらくして落ち着いて自分の「死」というものと向き合うと、一日一日を大事に、大切に生きなきゃなって思うようになりましたね。
みふるさん自身が元々ポジティブな性格だから、前向きに考えられたんじゃないんですか。
私も落ち込む時はひたすら落ち込みますよ。
アップダウンが激しいというか、朝から晩までずーっと不安で泣いてたりする日とかもありました。
乳がんと診断された当初とかは、精神不安定になっていた時期はありました。
「癌」と診断された時に生まれた不安やネガティブな気持ちに対して「向き合う」のと「乗り越える」のどちらでしたか。
乳がんと向き合った、かな。
自分で意識していたのは、我慢をしないというか、ストレスフリーでいるということでしたね。
泣きたいときは思い切り泣く、とか、笑うときは思いっきり笑う、とか、そういう人間らしい事を楽しむといったような、自分の気持ちに対して正直であるということを大事にしていましたね。
とにかく、よく遊んで、たくさん恋して、いっぱい泣いて、いっぱい怒って、そういう人として当たり前の感情を楽しんだというか・・・。

実は乳がんと診断されるまでは、私自身、周りの人の意見やに流されたりすることが多かったんです。
その時は、やりたい事もそこまで真剣に考える時間を取らなかったからか、なんだかよくわからないままでしたね。
ただただ合コンして、素敵な人に出会って、その素敵な人と結婚して、結婚したら、きっと自分の時間ができるだろうから、その後で、時間ができた時に、やりたいことできたらいいなと思っていたんです。
だけど、乳がんと診断されてから「やりたいことをすぐやらないと死ぬかもしれない!やばい!」って急に焦ったんですよね(笑)。
でも、今になってよく考えてわかったことがあるんです。
癌という病気になれば、癌でない人より死ぬ確率は確かに上がるかもしれない。
それでも、明日、自分が無事に生きてる保証というのは、誰にも無いことなんです。
私に限ったことではなくて、誰にでも言えることなんです。
そんな事も考えて、乳がんというものと向き合って、今の自分の時間を大事にしよう、大切にできるよう気をつけようって思ったんです。
医者の一言で患者である・ないのボーダーラインになるわけですよね。
昔から健康診断では、どの項目でもずっとオールAの人だったんです。
病院の検査で引っかかったこともなかったですし、いきなり「乳がんです。ステージ4です。」とか言われても、にわかに信じられなかったですね。
癌ってやっぱり特殊な病気じゃないですか。
癌は免疫力が下がってしまった人、免疫力が低い人がなるって言われてはいるものの、原因も確実には解明されていない。
先ほども述べたように、私は健康診断の結果では健康だったんですけど、普段の生活で、お酒も人並み以上に飲むし、タバコも吸っていたし、そういうのが過剰だったかなってくらい不健康な生活を送っていたわけです。
健康診断の前の日ですら、本当は控えるべきお酒を飲んで診察に行ったりもしていたんで、今いろいろと思い返すと、乳がんの原因に直結ではなくても、自分の生活が不健康なものだったと思い当たる節はいっぱいありますね。
不健康な生活を送ってて、健康だと思っていたけど、実は体は悲鳴をあげていたんだと思います。
そんな生活を送っている中、どこかのタイミングで、自分の免疫力が下がった時に乳がんという病気が発症してしまったんだと思います。
こういった考え方は、後付けでいくらでもできますけど、初めて乳がんと診断された時には、原因を自分の中で「あれか?あれか?あれか?」って羅列しながらも、全力で乳がんであるという事実に対して抵抗はしていましたね。
また、自分と同じような生活をしていた人間は周りにいっぱいいましたし、なんで私だけ、みたいにも思っていました。
診断されて、原因を詮索したり、落ち込んだりして、一喜一憂ありながらも前向きに考えて行ったんですか?
そうですね。先ほども言ったように原因なんて、いくらでも後付けで羅列できるんですよね。
そんな中で自分が現時点で把握できる事実として「死ぬということが自分にも起きる」ということを身をもって知ったのが、自分のこれからの人生と向き合うきっかけとして、一番大きかったんだと思います。
乳がんになってからみふるさんが関わるコミュニティに変化はありましたか。
所属するコミュニティ自体は変わっていないです。もともと、私の人付き合いが広く浅くだったんですけど、それが深く狭くという感じに変わりましたね。
今までの話の繰り返しにはなってしまうんですけど、やっぱり自分が死んでしまうっていうことを考えると、自分が持っている時間は、本当に大事な人や一緒にいて楽しいと思える人と過ごすために使いたいし、それが自分自身にとって良い、というような考え方になりました。
また、乳がんになる以前は、癌患者の友達はいなかったので、お互いの病気の話みたいなものはしませんでした。
でも、私が乳がんになった後で、友人で乳がんになった人はいましたね。
その友人は、脇からリンパへの転移でステージ2か3だったので、抗がん剤とかはやらず、すでに子供が二人いる人だったので、なんの迷いもなく乳房を全摘して、治療終了したって聞きましたね。
癌といっても治療や病状は本当に人によって全然違うので、他の臓器に転移していなければ、あっさり治療が終了する人とかもいるんです。
癌患者の友人とかだと、治療方法的な話が中心になるんですか。
そうですね。
治療方法のあれはやったかとか、この方法はやったかとか、みたいな話は出ましたね。後は副作用についてとかについてもよく話しましたね。
癌患者さん同士だと、そういう内容について話たいと思うんですかね。
やっぱり、ほかの人はどうなんだろうというのは気になりますね。治療をしている時などは、一番気になるのは、ほかの人の治療方法ですけどね。
乳がんであることが分かった当時は、本当に藁にもすがる思いだったので、効くっていわれているものは片っ端から全部試していったんです。
お薬とかも何十種類も飲んだりしてましたから、やっぱそういう情報交換はしたいって思いましたね。
リンク集:
- Ameba ブログ
- 乳がんステージ4でも合コン♪ 治療で逆にキレイになってモテた!<闘病体験> (女子SPA!)
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- 恋愛リアリティーショーにも出演されて、乳がんの経験を語っております。(恋愛ドキュメントバラエティー 『あいの里2』 Netflix Japan)