手術した側の乳房や乳房の周辺のリンパ節や皮膚などに発症した「局所再発」の場合、切除が可能であればまずは手術療法を行って、その後の治療方針を決めます。
一方、乳房から離れた骨や肺などで発症する「遠隔転移」の場合は、「原発乳がん(最初に発生した乳がん)」の治療方針とは異なる治療が行われます。
「局所再発」の治療
① 乳房部分切除術を行ったあとの「局所再発」
乳房全体を切除する、乳房切除術を行うのが標準治療です。再発までの期間が数年以内と短い場合は、「遠隔転移」がある可能性があります。そのため、まず遠隔転移の有無を確認するための検査を行い、その結果を踏まえて治療方針を決定します。
② 乳房全切除術を行ったあとの「局所再発」
乳房全体を切除しても、残っている皮膚や胸壁(胸部のうち乳房全切除を行った範囲)、または、反対側の乳房で発症する場合があります。それに加えて、遠隔転移もある場合には、全身治療が優先されます。その際も、再発したがんの特徴を調べるために局所再発がんを切除することがあります。 「局所再発」のみで「遠隔転移」がないことが確認できた場合、手術を行い、再発した部分を切除します。その後、残っている可能性があるがん細胞をたたくため、放射線療法を行います。ただし、再発で放射線療法を行えるのは、原発乳がんの治療で放射線療法を行っていない場合のみです。 「局所再発」が発見されるまでの期間が手術後2年以内の場合は、がんの悪性度が高いと考えられます。そのため、手術でがんを切除した後に薬物療法を行い、全身に広がっている可能性があるがん細胞をたたきます。
「遠隔転移」の治療
「遠隔転移」が発見された場合、小さながん細胞が見つかった場所以外にも広がっていると判断します。広がっているがん細胞をたたくために、薬物療法を中心に行います。 使用される薬剤は、乳がんの性質を示す「サブタイプ」によって決まります。
そのほかにも、転移した部分のつらい症状を緩和するために、手術療法や放射線療法を行う場合もあります。どちらも根治をめざす治療ではなく、症状を緩和するための対症療法となります。
● 「遠隔転移」の薬物療法の目的はQOL(生活の質)を保ち、できるだけ長くがんとの共存を目指すこと
原発乳がんで、術前・術後に行われる薬物療法では、がんをできる限り取り除くことを目指します。 一方、遠隔転移では、完治が難しいため、進行をできるだけ遅らせ、QOL(生活の質)を保つことが目的になります。 そのため、原発乳がんの術前・術後に行われる薬物療法とは、以下のような違いがあります。
遠隔転移の薬物療法 | 原発乳がんの術前・術後に行われる薬物療法 | |
治療の期間 | 期間を決めず、できるだけ長期間使用することを目指す | 決まった期間、集中的に行う |
使用する薬剤 | 1種類ずつ使用する(薬剤耐性が現れ薬剤の効果が低下したら、別の薬に切り替える) | 多剤併用(複数の薬剤を同時に使用する) |
再発・転移 ホルモン受容体陽性の治療法
基本的にはホルモン療法からスタートします。ただし、生命を脅かすような転移がある場合は、化学療法から開始します。
ホルモン療法に効果が見られた場合、効果が続く限りその治療を継続します。乳がんには、「ホルモン療法耐性」と呼ばれる性質があります。最初効果があったホルモン療法でも、しばらくすると乳がんの性質が変化して効果が失われてしまうのです。
ホルモン療法耐性が現れた場合、異なる薬剤を使用して治療を行います。これを効果がないと判断するまで繰り返した後は、化学療法に切り替えます。化学療法も、ホルモン療法と同様に効果がないと判断するまで繰り返します。それ以降は、積極的な治療を行わず患者さんの生活の質を少しでも長く維持することを目指す「支持療法」に切り替えます。
1.閉経前
LH-RHアゴニスト製剤と抗エストロゲン薬の「タモキシフェン」を使用して、効果が続く限り継続します。効果がなくなった場合は、LH-RHアゴニストはそのまま使用、抗エストロゲン薬の「フルベストラント(商品名フェソロデックス)」にCDK4/6阻害薬の「パルボシクリブ(商品名イブランス)」または「アベマシクリブ(商品名ベージニオ)」を使用します。 最終的にホルモン療法に効果が見られなくなった場合、化学療法に移行します。
2.閉経後
抗エストロゲン薬の「フルベストラント」またはアロマターゼ阻害薬を使います。がんの性質や進行度によっては、CDK4/6阻害薬の「パルボシクリブ」または「アベマシクリブ」を一緒に使用します。 アロマターゼ阻害薬や「フルベストラント」の効果が失われた場合は、mTOR阻害剤の「アフィニトール」や、抗エストロゲン薬の「タモキシフェン」「酢酸メドロキシプロゲステロン(商品名ヒスロンH))などを使用します。また、「エチニルエストラジオール(商品名プロセキソール)」が使用されることがあります。 最終的にホルモン療法に効果が見られなくなった場合、化学療法に移行します。
再発・転移 HER2陽性の治療法
抗HER2療法薬の「トラスツズマブ」や「ペルツズマブ」を抗がん薬と一緒に使用するのが基本です。一次治療(最初の治療)では、「トラスツズマブ」と一緒に使う抗がん薬は、タキサン系薬剤(パクリタキセル、ドセタキセル)と「ペルツズマブ」になります。 乳がんに薬剤に対する耐性が生じて効果がなくなった場合は、抗HER2薬「トラスツズマブエムタンシン(商品名カドサイラ)」や「ラパチニブ(商品名タイケルブ)」と「カペシタビン(商品名ゼローダ)」を使用します。その次の治療では、トラスツズマブと併用する抗がん薬の種類を変更します。使用される抗がん薬は、「ビノレルビン(商品名ナベルビン)」「エリブリン(商品名ハラヴェン)」「カペシタビン(商品名ゼローダ)」などです。
再発・転移で行われる化学療法
手術後に行われる化学療法では、再発のリスクを下げるため複数の抗がん剤を同時に使用します。一方、遠隔転移が見つかった場合の化学療法では薬剤を1種類ずつ使用します。そして、薬剤耐性によって薬剤の効果が低下したら別の薬に切り替えることで、できる限り長期間治療を続けることを目指します。
再発・転移 トリプルネガティブの治療法
トリプルネガティブ(ホルモン受容体陰性、HER2陰性)の乳がんは、「ホルモン療法」や「抗HER2療法」を行えないため、再発・転移が見つかった際の選択肢は「化学療法」しかありませんでした。
しかし、2019年9月に免疫チェックポイント阻害薬「アテゾリズマブ(商品名:テセントリク)」という新たなタイプの薬が登場しました。ただし、この薬を使えるのは、採取したがん細胞を検査して「PD-L1陽性」と判定された患者さんのみです。
免疫チェックポイント阻害薬は、「免疫チェックポイント」の働きを調整する薬剤です。私たちの体に備わっている「免疫」には、がん細胞を攻撃して排除する働きがあります。この働きにブレーキをかけるのが「免疫チェックポイント」です。本来「免疫チェックポイント」は、がん細胞を排除する免疫の働きが暴走するのを防ぐ役割を果たしています。
しかし「PD-L1陽性」のがん細胞は、この仕組みを悪用することで増殖しているとわかったのです。「PD-L1陽性」のがん細胞は、免疫チェックポイントのスイッチをオンにします。すると、がん細胞を攻撃する免疫の作用がストップするため、がん細胞は増殖していくのです。
新たに登場した免疫チェックポイント阻害薬「アテゾリズマブ(商品名:テセントリク)」は、「PD-L1陽性」のがん細胞がチェックポイントのスイッチを入れるのを阻害します。その結果、がん細胞を排除する機能が復活して、がん細胞の増殖を抑えることができるのです。
心のつらさを少しでも軽くするために
再発・転移がわかったとき、ほとんどの患者さんが強いショックを受け、中には、軽いうつ状態になる患者さんもいます。不安な気持ちを感じるのは、当たり前のことです。無理に元気を取り戻そうとがんばると、かえって症状が強くなってしまうことがあります。では、どのようにすればよいでしょうか。
1.医療スタッフの力を借りる
身体的な痛みや不調があれば、医師にそのことを伝えましょう。身体的な苦痛が緩和されると、精神的なエネルギーを少し取り戻すことができます。 また、今後の治療法について医師から話を聞く場合、わからないことや気になることがあれば、遠慮しないで伝えるようにしましょう。伝えることが難しい場合は、看護師に相談するとよいでしょう。また院内には、臨床心理士などの心の専門家がいる場合があります。 そのほかにも、セカンドオピニオンを利用するという方法もあります。他の医療施設の医師に意見を求めるセカンドオピニオンは、患者さんの権利として認められています。主治医に「セカンドオピニオンを受けたい」という意思を伝えることで、セカンドオピニオンを行うために必要な紹介状と必要な資料(画像データや検査データなど)を準備してもらうことができます。また、セカンドオピニオンを行うことで、その後の治療に不利益が生じることはありません。
2.身近な人に話を聞いてもらう
不安に思っていることや感じていることを言葉にできると、それだけで心が少し軽くなります。また、頭の中が整理されて、これからどうすればいいかを考える力を取り戻すことができるかもしれません。
3.患者会に参加してみる
同じ立場の人が集まる会に参加すると、話を聞くだけでも、少し元気が戻ってくることがあります。また、同じ不安や悩みを抱えている人が参加しているので、思っていることや感じていることを言葉にできるかもしれません。