薬物療法は、全身に対する治療です。一方、手術療法は局所的に行われる治療です。全身に効果がある「薬物療法」と、がん組織を切除する「手術療法」を組み合わせることで乳がんの治療効果を高めることができます。
2つの療法を組み合わせる理由は、乳がんが発見されたときには、がんが血液やリンパの流れに乗って転移している可能性があるからです。そのうち画像検査では確認できない、極めて小さな転移のことを「微小転移」と呼びます。体のどこにあるかわからない「微小転移」をたたいて完治を目指すには、全身で効果を発揮する「薬物療法」が必要なのです。
薬物療法は実施の時期によって目的が異なる
薬物療法には、手術前に行われる「術前薬物療法」と手術後に行われる「術後薬物療法」があります。それぞれ、どのような目的で行われるのでしょうか?
① 術前薬物療法
・手術が困難な乳がんのサイズを縮小させて、手術を可能にする ・乳房部分切除が適応にならないサイズのがんを縮小させて、乳房部分切除を可能にする
② 術後薬物療法
・「微小転移」をたたくことで完治を目指す
乳がんの薬物療法 使い分けのカギは「サブタイプ」
乳がんの薬物療法には「化学療法」「ホルモン療法」「抗HER2療法」の3つがあって、それぞれ次のような特徴があります。
化学療法 | 「抗がん剤」と呼ばれる薬剤を投与して、がん細胞の増殖を抑え、死滅させる。 |
ホルモン療法 | 「ホルモン受容体陽性」の乳がんに対して、「ホルモン療法薬」を使用してがん細胞の増殖を抑える。 |
抗HER2療法 | 「HER2陽性」の乳がんに対して、「抗HER2療法薬」を使用してがん細胞の増殖を抑える。 |
どの療法を選択するか決める際に重要なのは「乳がんの性質」です。中でも「ホルモン受容体」と「HER2」の2つが重要です。ほかにも、「再発リスクを予測する因子」を考慮した上で治療法が決定されます。
乳がんは、「ホルモン受容体」について陽性か陰性か、また「HER2」について陽性か陰性か、それぞれの組み合わせで大きく4つに分類されています。この4つの分類は「サブタイプ」と呼ばれています。
4つの分類のうち「ホルモン受容体陽性かつHER2陰性」は、さらに細かく「ルミナルA」と「ルミナルB」の2つのサブタイプに分類されています。残りの3つは、それぞれ「ルミナルHER2」「トリプルネガティブ」「HER2陽性」と呼ばれています。
サブタイプ毎に行われる薬物療法は次の通りです。
サブタイプ毎の薬物療法
ホルモン受容体陽性 | ホルモン受容体陰性 | |
HER2陰性 | ルミナルA ホルモン療法 ルミナルB ホルモン療法、化学療法 | トリプルネガティブ 化学療法 |
HER2陽性 | ルミナルHER2 ホルモン療法、化学療法、抗HER2療法 | HER2陽性 化学療法、抗HER2療法 |
薬物療法の選択を左右する「乳がんの性質」「ホルモン受容体」と「HER2」とは?
● ホルモン受容体
乳がんの細胞に、女性ホルモンの「エストロゲン」や「プロゲステロン」を取り込む受け皿(受容体)がある場合、「ホルモン受容体陽性」と呼ばれます。「ホルモン受容体陽性」の場合、がん細胞の表面にある「ホルモン受容体」にエストロゲンが結合すると、がん細胞が刺激されて増殖します。
・「ホルモン受容体陽性」の場合の治療法
「ホルモン療法薬」を使用します。ホルモン療法薬には、働きが異なる2種類があります。1つ目は、ホルモン受容体にエストロゲンが結合するのを防ぐ薬、2つ目はエストロゲンの量を減らす薬です。どちらの薬も、エストロゲンが、がん細胞に与える刺激を減らすことができるので、その結果としてがん細胞の増殖を抑えられます。
● HER2
HER2は、がん細胞の増殖に関係するタンパクです。がん細胞にHER2を作る働きがある「HER2遺伝子」が過剰で、がん細胞の表面にHER2が大量にある場合「HER2陽性」と呼ばれます。「HER2陽性」は、「HER2陰性」と比べると増殖する力が強いことがわかっています。
・「HER2陽性」の場合の治療法
「抗HER2療法薬」を使用します。「抗HER2療法薬」は、HER2タンパクに結合することで、乳がん細胞の増殖を抑えます。「抗HER2療法薬」は、「分子標的薬」と呼ばれるカテゴリーに分類されています。
再発リスクを予測する3つの因子
1) 腫瘍のサイズとリンパ節転移の有無
腫瘍のサイズが大きいほど、また、リンパ節転移があると再発リスクが高くなります。
2) Ki67
増殖する細胞の核に存在するタンパクで、多いほど増殖能力が高いことがわかっています。
3) 組織学的グレード分類
がん細胞の悪性度(顔つきの悪さ)を示す指標で、3つのグレードに分類されています。グレード1の乳がんは悪性度が低く、グレード3は悪性度が高い。グレード2はその中間であることを示しています。
手術前に行われる薬物療法
術後の薬物療法は、乳がんの再発や転移を防ぐために行われます。一方、術前に行われる薬物療法には、次の2つの目的があります。
1. 手術療法を可能にする しこりが大きいなどの理由で手術療法が難しい乳がんに対して、薬物療法を行ってしこりを縮小させることで手術が可能になる場合があります。 2. 乳房温存手術を可能にする 乳房を温存できる「乳房温存手術」を希望しているにもかかわらず、しこりが大きいために「乳房切除術(全摘)」を薦められた場合でも、術前に薬物療法を行うことで「乳房温存手術」が可能になる場合があります。
術前薬物療法には「術前化学療法」と「術前ホルモン療法」があります。
術前化学療法について
● 使用される薬剤 術後化学療法に使用する薬剤を決めるときと同様、病理検査の結果をもとに薬剤を決定します。「HER2陽性」だとわかった場合、抗がん剤だけでなく、抗HER2療法薬「トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)」や「ペルツズマブ(商品名パージェタ)」の併用が検討されます。 ● メリットとデメリット メリットは、手術困難の乳がんが手術可能になる場合、また、乳房を全摘するのではなく温存手術が可能になる場合があることです。 一方、デメリットは、術後の薬物治療の選択が難しくなる場合があることです。手術療法の目的は、がん組織を切除することだけではありません。術後の薬物療法を選択する際に必要な情報を得るため、切除した組織を検査して乳がんの性質を確認するという大切な目的もあります。しかし、術前薬物療法を行うとがん細胞が死滅したり、組織の状態が変化したりします。そのため、化学療法を行う前の乳がんの状態がわかりにくくなってしまうのです。術前には、針生検などを行ってがん組織を採取していますが、採取できる組織の量が限られているため、手術で切除した組織の検査が重要なのです。
術前ホルモン療法について
● 対象と使用される薬剤 対象となるのは、「ホルモン受容体陽性」で閉経後の乳がんです。閉経後の乳がんだけが対象になっているのは、閉経後乳がんに対する術前ホルモン療法の臨床研究がいくつか行われていて、効果が確認されているからです。一方、閉経前乳がんでの研究結果はまだ少ないという状態です。 閉経後の乳がんに使用する「ホルモン療法薬」には、アロマターゼ阻害薬が推奨されています。使用する期間は一般的に6カ月程度です。 術後は、術前に使用したのと同じ薬剤を使ってホルモン療法を行います。期間は、術前の期間と合わせて5年または、それ以上になるまで使用します。 ● メリットとデメリット メリットは、乳房温存手術ができないケースで、しこりが縮小した場合、乳房温存手術が可能になることです。ただし、術前ホルモン療法と術後ホルモン療法の再発率や生存率を比較した臨床試験がないため、どちらが優れているかは現時点ではわからない状態です。
サブタイプ毎 術後の薬物療法
・ルミナルA(ホルモン受容体陽性、HER2陰性)、低悪性度(Ki67低値、低グレード)
ホルモン療法を行います。
ただし、リンパ節転移の個数が多いなど、術後に転移が起こるリスクが高いと判定された場合は、化学療法も行うことがあります。
・ルミナルB(ホルモン受容体陽性、HER2陰性)、高悪性度(Ki67高値、高グレード)
ホルモン療法と化学療法の2つを組み合わせて治療を進めます。
・ルミナルHER2(ホルモン受容体陽性、HER2陽性)
化学療法、ホルモン療法、抗HER2療法の3つを組み合わせて治療を進めます。
・HER2陽性(ホルモン受容体陰性、HER2陽性)
化学療法、抗HER2療法の2つを組み合わせて治療を進めます。
・トリプルネガティブ(ホルモン受容体陰性、HER2陰性)
ホルモン療法と抗HER2療法は効果がないため、化学療法が唯一の治療法となります。
ルミナルA 抗がん剤治療の有無の判定には
「多遺伝子アッセイ」が力を発揮する
ルミナルAでは、転移のリスクが低い場合は「ホルモン療法」のみ、リスクが高い場合は「ホルモン療法」だけでなく「化学療法」の追加も検討されます。このため、転移リスクの判定が非常に重要になります。
最近、遺伝子検査の一種である「多遺伝子アッセイ」と呼ばれる検査方法が開発され、従来よりも予測の精度が向上しています。転移のリスクが低いと判定された場合は化学療法を受けずに済むため、意義がある検査だと言えます。
乳がんワンポイント
多遺伝子アッセイとは?
多遺伝子アッセイとは、複数の遺伝子を調べる検査です。多遺伝子アッセイには種類がありますが、そのひとつである「Oncotype DX」(オンコタイプDX)は、手術の際に切除した乳がん組織を使用して21個の遺伝子の発現を測定。乳がんの再発のリスクを低、中、高に分類します。 「Oncotype DX」を実施して、低~中リスクであるとわかれば、「抗がん剤治療を行わない」と判断をする根拠になります。「Oncotype DX」は国内でも検査を受けることができます。また、国内での研究も行われていて、判定の精度が高いことがわかっています。 ただし2019年時点では保険適用ではないため、検査に50万円ほどかかります。また検査には条件があるため、希望する場合、まず医師に相談することをお勧めします。
ホルモン療法に使われるのはどんな薬?
ホルモン受容体陽性の乳がんは、女性ホルモンのエストロゲンを取り込んで増殖する性質があります。そこで、以下の2つの作用がある薬を使って治療を行います。
1.エストロゲンの量を減らす 2.乳がん細胞内のエストロゲン受容体とエストロゲンが結合するのを妨害する
1.エストロゲンの量を減らす効果がある薬
「LH-RHアゴニスト製剤」と「アロマターゼ阻害薬」の2種類があります。それぞれ、使用される対象が異なります。
● LH-RHアゴニスト製剤:閉経前の女性● アロマターゼ阻害薬 :閉経後の女性
1)閉経前の女性に使われる「LH-RHアゴニスト製剤」の仕組み 仕組みを理解するには、まず、エストロゲンが作られるプロセスを知る必要があります。閉経前の女性では、脳内の視床下部から分泌された「性腺刺激ホルモン放出ホルモン(LH-RH)」が、同じ脳内にある下垂体を刺激します。すると下垂体から「性腺刺激ホルモン(LH)」が放出され、このLHが卵巣に届くと、卵巣からエストロゲンが放出されるのです。 エストロゲンは、2つのホルモンの連携で作られる LH-RHアゴニスト製剤はLH-RHとよく似た構造をもっているため、この薬を服用すると下垂体が過剰に刺激されます。過剰な刺激を受けた下垂体は、逆に卵巣への指令の役割を果たすLHを放出するのを止めます。その結果、卵巣でエストロゲンが作られなくなるわけです。
2)閉経後の女性に使われる「アロマターゼ阻害薬」の仕組み 閉経後は卵巣の機能が低下するため、卵巣でエストロゲンが生成されなくなります。 すると体内で必要とされるエストロゲンを補うため、アンドロゲン(男性ホルモンの一種)からエストロゲンが生成されるようになります。アンドロゲンは、腎臓のすぐ上にある副腎から分泌されます。分泌されたアンドロゲンは、脂肪組織などにある酵素「アロマターゼ」の働きによってエストロゲンになります。 閉経後は、男性ホルモンから女性ホルモンが作られる このアロマターゼの働きを阻害する作用があるのが「アロマターゼ阻害薬」なのです。「アロマターゼ阻害薬」の作用によってアロマターゼの働きが阻害され、結果としてエストロゲンの量が減少します。
2.乳がん細胞内のエストロゲン受容体とエストロゲンが結合するのを阻害する薬
ホルモン受容体陽性のがん細胞には、栄養を取り込む役割を果たす「エストロゲン受容体」があります。抗エストロゲン薬は「エストロゲン受容体」に結合する作用があるため、エストロゲンが結合するのを阻害します。その結果、乳がん細胞の増殖を抑え、細胞を死滅させることができるのです。
ホルモン療法薬 その特徴と使われ方
1.閉経前の女性の場合
「抗エストロゲン薬」(タモキシフェン、トレミフェン)を5年間、毎日服用します。再発リスクが高いと判断される場合は、さらに5年追加して、10年間服用することがあります。また、「LH-RHアゴニスト製剤」(リュープロレリン、ゴセレリン)を2~5年併用する場合もあります。LH-RHアゴニスト製剤は、1カ月に1回または3カ月に1回(場合によっては6カ月に1回)皮下に注射します。
そのほかにも、再発リスクが高い場合には、タモキシフェン単独の治療よりも「アロマターゼ阻害薬」を使用した方が、再発リスクが低いという研究結果もあります。ただし、「アロマターゼ阻害薬」は閉経後の患者さんに使われる薬なので、まず「LH-RHアゴニスト製剤」を使用して体内のホルモン環境を閉経後の状態にしてから「アロマターゼ阻害薬」を使用する必要があります。副作用(更年期症状を含む)も強く現れるため、慎重な検討が必要です。また、この治療は保険適用外となります。
2.閉経後の女性の場合
閉経前の女性も使用する「抗エストロゲン薬」(タモキシフェン)に加え、アンドロゲンからエストロゲンが作られるのを防ぐ「アロマターゼ阻害薬」(アナストロゾール、レトロゾール、エキセメスタン)も使用されます。これらの3つの薬はすべて内服薬で、毎日服用します。また、効果にも大きな差がありません。副作用は、骨密度低下と関節痛が主なものです。
「アロマターゼ阻害薬」と「タモキシフェン」のそれぞれを5年服用した結果を比較すると、「アロマターゼ阻害薬」の方が、再発の発生率が数%低いという結果が出ています。そのほかにも、以下の服用法が有効であることがわかっています。
・タモキシフェンを2~3年服用、その後アロマターゼ阻害薬に変更して計5年服用・タモキシフェンを5年服用、その後アロマターゼ阻害薬に変更して2~5年服用
「アロマターゼ阻害薬」の使用期間に関して、5年と10年を比較した臨床試験によると、10年の方が、再発率が低いという結果が出ています。ただし、長期間服用すると、その分だけ副作用も増加するため、再発のリスクも考慮しながら投与期間を決めることが大切になります。
抗HER2療法薬 その特徴と使われ方
「HER2陽性」の乳がんの治療に使用される「抗HER2療法薬」は、HER2に結合することで、その働きを阻害して乳がん細胞の増殖を抑えます。
「抗HER2療法薬」は抗がん剤と組み合わせて投与され、その後単独で投与されます。服用期間は1年間です。この治療を行うことで、治療をしなかった場合と比べると再発リスクを半分近くに減らすことができます。
手術前後に使用される「抗HER2療法薬」は、一般的にはトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)ですが、より治療効果を高めることを目指し、トラスツズマブにペルツズマブ(商品名パージェタ)を併用します。
トラスツズマブの副作用として心臓機能の低下や投与時のアレルギー反応(インフュージョンリアクション)があります。このため、治療前と治療中は定期的な心臓機能検査が行われます。
乳がんワンポイント
分子標的薬とは?
「抗HER2療法薬」は、分子標的薬の一種です。分子標的薬は、がん細胞が増殖する際に必要とする因子だけを攻撃する薬です。 一般的な抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常細胞も攻撃するため、特に、細胞増殖が盛んな細胞が影響を受けます。具体的には髪の毛や消化器の細胞は影響を受けやすいため、脱毛や吐き気などの副作用が起こります。一方、分子標的薬は、がん細胞だけを攻撃するため、大きな副作用がないと期待されていました。しかし、実際には抗がん薬とは異なる副作用が起こることがわかってきました。ときには重大な副作用が起こる場合もあるので、特にどのような症状に注意する必要があるかを知っておくことが大切です。
化学療法は複数の薬剤を組み合わせて行う
化学療法は、一般的に「抗がん剤」と呼ばれる薬剤を使用して、体内に潜んでいる可能性がある微小転移を叩くために行います。
抗がん剤には、がん細胞を死滅させたり、増殖を抑えたりする作用があります。この作用は、がん細胞だけでなく正常細胞にも及ぶため、吐き気・嘔吐、脱毛、白血球減少をはじめとした、様々な副作用が起こります。副作用の内容は薬剤によっても異なるだけでなく、個人差もあります。そのため、治療効果と副作用のバランスを考慮しながら治療を進める必要があります。
化学療法を実施するかは、乳がんの性質と再発リスクで決定します。サブタイプのうち「ルミナルB」「トリプルネガティブ」「ルミナルHER2」「HER2陽性」では化学療法を行います。一方、多遺伝子アッセイの「Oncotype DX」(オンコタイプDX)などの結果から、「再発リスクが低い」と判定された「ルミナルA」は化学療法を行いません。
術後に行われる化学療法では、複数の抗がん剤を使用します。理由は、再発のリスクを下げる効果があるとわかっているからです。抗がん剤の標準治療には、アンスラサイクリン系薬剤を含むAC療法、EC療法、CAF療法、CEF療法などがあります(使用される薬剤は下の表を参照)。これにタキサン系薬剤(パクリタキセルまたはドセタキセル)を追加することで、さらなる効果アップを目指します。また、ドセタキセルを使用するTC療法もよく行われます。
薬物療法 副作用との付き合い方
化学療法(抗がん剤)、抗HER2療法、ホルモン療法を行った場合、どのような副作用があるのでしょうか? また、副作用が起きた場合、どのような対処法があるのでしょうか?
1.抗がん剤治療の場合
抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常な細胞にも影響を与えるために白血球の減少、吐き気・嘔吐、脱毛などの副作用が現れます。
最近では、副作用を減らすため、「投薬方法を工夫する」「吐き気を減らす薬を投薬する」などの方法がとられています。ただし、副作用の現れ方には個人差があるため、強く現れてしまう場合があります。副作用が強い場合や、気になる症状がある場合は、すぐに医師や看護師、薬剤師に相談しましょう。
● 対処方法
① 吐き気・嘔吐
抗がん剤の種類によって吐き気の強さには差があります。ドキソルビシン、エピルビシン、シクロホスファミドなどの抗がん剤は吐き気が起こる確率が高いので、抗がん薬の点滴を始める前に吐き気止めの薬を使います。さらに帰宅後の吐き気止めとしてアプレピタント、オランザピン、副腎皮質ステロイドホルモンが使われる場合があります。
② 白血球減少
抗がん剤を使うと、血液細胞をつくる役割を果たす骨髄が影響を受け、血液中の白血球の数が減ることがあります。
白血球はいくつかの成分で構成されていますが、そのうちのひとつである「好中球」は、体内に侵入した細菌を排除する役割を果たしています。抗がん剤を使用すると好中球の数も減少するため、感染症にかかるリスクが高まります。
好中球の数は、抗がん剤の使用を開始してから1週間ほどで減り始め、2週間ほどで最低値になり、約3週間で回復します。この間は感染症のリスクを減らすために手洗いやうがいを行う、人が集まる場所はなるべく避けるなどの注意が必要です。
好中球の数が減ったために感染症にかかり、37.5度以上の発熱がある状態を「発熱性好中球減少症(FN)」と呼びます。FNを発症した場合、抗菌薬(感染症の原因を抑える効果がある)や解熱剤を使います。また、抗がん剤の治療前に「FNが起こるリスクが高い」と判断される場合は、予防的に好中球を増やす効果がある薬「G-CSF」を使用することがあります。
③ 脱毛
治療を開始してから、2~3週間ほどで始まります。髪の毛だけでなく、眉毛、まつ毛、体毛も抜ける場合があります。治療が終わると徐々に生えてきますが、髪質などが変わることがあり、以前の髪質に戻るには時間がかかります。特に、女性にとって脱毛は精神的に大きな負担となります。それを少しでも軽くするために活用できるのがウィッグです。
ウィッグに関する情報提供は、これまで製造・販売者によるものが中心でしたが、最近では医療の現場でも行われるようになっています。その背景にあるのが「アピアランスケア(appearance care)」という考え方です。アピアランスとは外見のことです。がんの薬物療法などによって脱毛などのアピアランス(外見)に変化が起こった患者さんをケアするため、院内にアピアランスケアを担当するチームを作ったり、「アピアランス支援センター」や「アピアランスケアコーナー」などの名前で窓口を開設したりしている病院があります。ほかにも、病院内の「がん相談支援センター」や「患者相談窓口」でアピアランスケアを行っている場合もあります。
1)ウィッグ購入のポイント
ウィッグの価格には幅があります。必ずしも「価格が高いほど自然に見える」というわけではないので、ご自身の予算内で選ぶことが大切です。そのほかにも必ず試着をして、かぶり心地や自分に似合うかを確認しましょう。
(参考になる資料)
● リーフレット『髪が抜けますと言われたら』[横浜市と横浜市内でアピアランスケアに取り組む医療者、国立がん研究センター中央病院が協力して作成]
● がん患者さんとそのご家族へアピアランスケアに関する情報ページ[執筆:野澤 桂子 藤間 勝子(国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター)]
2)ウィッグの購入には助成金や補助金を活用できる場合がある
ウィッグの費用は自費負担となってしまいますが、一部の自治体では、がんの患者さんがウィッグを購入した場合、助成金や補助金が出る場合があります。
④ 口内炎
歯みがき、うがいなどの口腔内ケアで口の中を清潔に保つことは、口内炎の予防に役立ちます。また、抗がん剤による治療が始まる前に、歯科で虫歯や歯周病の治療、歯石除去などを行うと、予防効果があるとされています。
乳がんワンポイント
頭皮を冷やすことで脱毛を防ぐ治療がスタート!
抗がん剤を投与する際に、医療機器を使って頭皮を冷やすことで、毛髪をつくる細胞が抗がん剤の影響を受けにくくするという治療が、2019年7月以降、国内の医療機関で使用が開始します。ただ、機器はアジア人用に改良してあることと、治療に時間と手間がかかるため、機器の使用に際してはその効果も含めて主治医の先生によく相談してください。
2.抗HER2療法薬
乳がんの増殖に関わる分子だけを標的にしているため、抗がん剤のような全身に現れる副作用がない薬剤もあります。一方で、以下のような重篤な副作用が起こる場合もあることがわかっているので注意が必要です。① インフュージョンリアクション
「インフュージョンリアクション」とは、抗HER2療法薬を投与した後、24時間に以内に多く現れるアレルギー反応のことです。時には気管支麻痺、重度の血圧低下など命の危険がある症状が現れる場合があります。その場合、すぐに投薬を中止して適切な処置をとる必要があります。突然息が苦しくなった、また、めまいがするなどの症状が現れたときは、すぐに医師や看護師に伝えてください。
② 心不全
心不全とは、心臓の機能が低下する病気です。心不全を発症すると以下のような症状が出ます。このような場合は、必ず医師や看護師、薬剤師に伝えましょう。心不全を発症した場合は、抗HER2療法を中断して心不全の治療を行います。
心不全の主な症状
・体を動かすと息苦しさを感じる
・疲れが続く
・咳の回数が増える
・手足にむくみが生じる など
3.ホルモン療法薬
ほてりやのぼせ(ホットフラッシュ)、骨密度低下、性器出血、頭痛、イライラする、やる気が出ないなどの症状が出ることがあります。
● 対処方法
① ほてりやのぼせ(ホットフラッシュ)
仕事や日常生活に支障が出る際には、薬を使うことで症状を軽減できる場合があります。使用されるのは抗うつ薬の「パキシル」や「イフェクサー」、抗てんかん薬の「ガパペン」、降圧薬の「カタプレス」などです。これらの薬にはそれぞれ副作用があります。また保険適用外となります。
② 骨密度低下
エストロゲンを減らす作用がある「LH-RHアゴニスト製剤(リュープロレリン、ゴセレリン)」や「アロマターゼ阻害薬(アナストロゾール、レトロゾール、エキセメスタン)」を使用すると、骨密度が低下する場合があります。
予防のためには、カルシウムやビタミンDを多く含む食品をとったり、定期的に運動をしたりすることが大切です。また、骨密度を確認するため、年に1回程度、骨密度測定を行います。骨密度が低下している場合、骨密度の低下を抑える作用がある「ビスホスホネート系製剤」や「プラリア」などの薬が使われます。
③ 性器出血
そのほかにも膣分泌物の増加、膣炎などが起こる場合があります。
閉経後の方の場合、5年間タモキシフェンを使用すると、子宮内膜がんのリスクが増えるというデータがあります。一方、閉経前の方の場合、タモキシフェンの使用でリスクが増えるというデータはありません。ただし、閉経後と閉経前、どちらの場合でも、不規則な性器出血や血液が混じった膣分泌物がある場合は、子宮内膜がんを発症している可能性を否定できないので、必ず婦人科を受診して精密検査を受けましょう。