肺がんの症状
「肺がんは怖い病気」というイメージをもっている方も多いのではないでしょうか?
実際、がんの臓器別死亡数のデータを見ると、肺がんは男性では1位、女性は2位です(*1)。しかし診断技術の向上によって、初期の段階で発見されるケースが増えています。そして初期で発見できれば、肺がんは根治を目指すことができます。
(*1) 国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(人口動態統計)
がんの進行段階は「ステージ(病期)」で分類されています。
ステージは、ⅠからⅣの4段階に分かれていて、数字が小さいほど初期のがんであることを示しています。最近、初期段階である「ステージⅠ」の患者さんの手術数が増えています。つまり、手術を行うことで根治を目指すことができる患者さんの割合が増えているということです。
一方、ステージⅢの一部とⅣの患者さんの場合は手術を行わず、薬物療法が治療の中心になります。この薬物療法も大きな進化を遂げています。
現在、薬物療法で使用される新たな薬剤が次々と開発されています。これらの新しい薬剤の特徴は、患者さんの肺がんの性質を確認した上で、その患者さんに最適な薬剤を使用することです。このような治療を「プレシジョン・メディシン」と呼びます。プレシジョン(Precision)には「正確さ」「精密さ」という意味があります。そのため日本では「精密医療」「高精度医療」などと呼ばれています。
このような流れがあるため、肺がんの薬物療法を選択する際には、「プレシジョン・メディシン」について理解しておくことが大切です
肺がんの治療には3つの治療法がある
肺がんの治療には、ほかの部位のがん治療と同じように、「手術療法」「放射線療法」「薬物療法」の3種類あります。それぞれ、どのような特徴があるのでしょう?
1)3つの治療法は「局所療法」と「全身療法」に分類できる
3つの治療法のうち、がんを取り除くことで根治を目指して行われる治療を「局所療法」と呼びます。「局所療法」として実際に行われているのは、手術療法と放射線療法です。
一方、転移したがんを叩く治療は「全身療法」と呼ばれます。実際に「全身療法」として行われているのは薬物療法です。
2)治療効果を上げるために行われる集学的治療
肺がんの治療では、複数の治療を組み合わせる場合があります。これを「集学的治療」と呼びます。たとえば「手術療法」の後に「薬物療法」を行う、「放射線療法」と「薬物療法」同時に行う、といったように使われています。
肺がんの治療で「集学的治療」が行われる理由は、治療効果を向上させるためです。がんの治療効果を上げるためには、がんを取り除くだけでなく、肺以外の臓器に転移している可能性があるがんを叩く必要があります。そのため局所療法と全身療法を組み合わせる必要がある。これが集学的治療です。
治療法の進化その1 手術療法
最低限の切除で、患者さんの負担が少ない手術が可能に
手術療法の目的は、がんを切除することです。確実に取り除くためには、がんが存在している部分の周りも含めて切除する。つまり、がんの大きさよりも広い範囲を切除する必要があります。
一方、切除する範囲が広くなるほど、肺の機能は低下します。なぜなら、肺を切除した部分は再生しないため、切除した分だけ機能が失われてしまうからです。そのため、がんを完全に取り除くことを目指して切除範囲を広げるほど、手術後の肺の機能低下が大きくなり、日常生活に支障が出ることになります。
そこで重要になるのは、切除範囲をできる限り狭くしつつ、がんを確実に切除することです。これを可能にしたのは、ひとつは画像診断技術の向上です。手術前の検査で、がんが存在する部分を3次元化した画像が得られるので、それを元に手術の計画を立てられます。合わせて、手術技術の向上によって最低限の範囲の切除が可能になったのです。
治療法の進化その2 薬物療法
新たなタイプの薬剤の登場で治療効果が向上
治療効果が向上した理由は、第1に以前から使われている「細胞障害性抗がん薬」とは異なる作用をもつ新たなタイプの薬剤が登場したことです。新しいタイプの薬剤には「分子標的治療薬」と「免疫チェックポイント阻害薬」があります。
第2に、患者さんの肺がんの性質に合わせて、効果が期待できる薬剤を選択する「プレシジョン・メディシン」が行われるようになったからです。
新しいタイプの治療薬は「分子標的治療薬」と「免疫チェックポイント阻害薬」があります。
肺がんワンポイント
細胞障害性抗がん薬とは?
がん細胞に障害を与えることでがん細胞を死滅させ、増殖を抑える薬剤です。
「細胞障害性抗がん薬」は、一般的に「抗がん剤(抗がん作用がある薬)」と呼ばれることがあります。しかし現在では、「細胞障害性抗がん薬」のほかにも、「分子標的治療薬」や「免疫チェックポイント阻害薬」などの新しいタイプの「抗がん剤」も使われています。そのため、「抗がん剤」という言葉を使うと、どの薬剤を指すのかが不明確になってしまいます。そこで、このコンテンツでは「細胞障害性抗がん薬」という名称を使用します。
1)ピンポイントで作用する「分子標的治療薬」
従来から使われていた「細胞障害性抗がん薬」は、がん細胞にダメージを与えるだけでなく、正常な細胞にもダメージを与えてしまうという問題がありました。一方、「分子標的治療薬」は、がん細胞の増殖に関わる「ドライバー遺伝子」の働きを妨害することで肺がんの進行を抑えます。
がん細胞には、通常の細胞とは異なり、異常なスピードで増殖する性質があります。そのため、がんが進行してしまうのです。
この「異常な増殖」はなぜ起こるのでしょうか? 研究の結果わかってきたのは、一部の患者さんには「ドライバー遺伝子」と呼ばれる特定の遺伝子があって、その作用によって増殖が進むという事実です。この「ドライバー遺伝子」の働きを止めることができれば、増殖のスピードを抑えることができます。そして「ドライバー遺伝子の働きを止める」ために開発されたのが「分子標的治療薬」なのです。
「分子標的治療薬」は、特定の「ドライバー遺伝子」がある場合にだけ効果を発揮します。逆に言えば、「ドライバー遺伝子」がない患者さんに投与しても効果は期待できません。そのため現在の肺がん治療では、患者さんのがん細胞の遺伝子を検査して、「ドライバー遺伝子」があるとわかった場合、その「ドライバー遺伝子」に対して効果がある「分子標的治療薬」を投薬します。まさに、患者さんの肺がんの性質に合わせて効果的な薬剤を使用する「プレシジョン・メディシン」が可能になったのです。
2) がん細胞の裏をかく「免疫チェックポイント阻害薬」
がん細胞が増殖するとき、私たちの体に備わっている「免疫チェックポイント」と呼ばれる仕組みを「悪用」する場合があります。これを阻害する働きがあるのが「免疫チェックポイント阻害薬」です。この薬は、がん細胞が「免疫チェックポイント」を悪用しようとするのを「阻害する」ことで、がん細胞の増殖を抑えるのです。
私たちの体に備わっている免疫には、働きを高める「アクセル」と抑制する「ブレーキ」があります。「免疫チェックポイント」は、免疫の働きを抑えるブレーキのような働きをしています。一部のがん細胞は、この「免疫チェックポイント」のスイッチをオンにすることで、免疫の働きを低下させます。つまり免疫に備わっている仕組みを悪用することで、一部のがん細胞は増殖していくわけです。これを防ぐために開発されたのが「免疫チェックポイント阻害薬」です。
監修医師
小島 史嗣 Fumitsugu Kojima
聖路加国際病院
専門分野:呼吸器外科
専門医・認定医:
日本外科学会 専門医、日本呼吸器外科学会 専門医・認定ロボット手術プロクター、日本がん治療学会 認定医
*本監修は、医学的な内容を対象としています。サイト内に掲載されている患者の悩みなどは含まれていません。
後藤 悌 Yasushi Goto
国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院
専門分野:臨床腫瘍学
専門医・認定医:
日本内科学会認定内科医 総合内科専門医 指導医、日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医 指導医、日本がん治療認定機構 がん治療認定医、日本呼吸器学会 呼吸器専門医 指導医
*本監修は、医学的な内容を対象としています。サイト内に掲載されている患者の悩みなどは含まれていません。