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乳がんサバイバー

【乳がん闘病】第三話:セカンドオピニオン 漫画家たみふる/白戸ミフルさん LA Butterfly

【乳がん闘病】第三話 セカンドオピニオン 漫画家たみふる/白戸ミフルさん LA Butterfly

LA Butterflyとは:

LA Butterflyは、ロサンゼルス発信のがんサバイバーたちが『自分らしさ』を見つけ、力を得たストーリーを届けるプラットフォーム。さなぎから蝶へと羽ばたくイメージを込め、彼らの言葉、学び、おすすめアイテムをまとめ、希望と勇気を共有します。
ステージ4乳がんをきっかけに漫画家になった、恋愛ドキュメントバラエティー『あいの里2』 (Netflix Japan)でもお馴染みの”たみフル”こと、白戸ミフルさんのインタビューです。
たみフルさんの闘病中の方へのメッセージのまとめはこちら。

セカンドオピニオンと日常生活

セカンドオピニオンを考えましたか。セカンドオピニオンを聞きに行こうと考えたきっかけはなんですか。

結構母親が、母親ってそういうもんだと思うんですけど、もう私以上にすごい色々調べて、自分の時間が無くなるぐらい色々やってくれたんですけど、でまあ、そのセカンドオピニオンも母親の学生時代の同級生がクリニック、乳腺外来専門のクリニックの医院長で、そこに行きましたね。
ただ、でも色々診断書とかそう言うMRIの写真とか持って言ったんですけど、まあ特に最初に行った病院の主治医と違った意見はなかったんですけど、なかったので、どっかにそこに移ったりとかはしなかったんですけど、その時その人からは、まあこれぐらいの転移、私骨に転移していたんですけど、まあ臓器、骨も骨で骨の奥に侵入していたりなんかすると、厄介らしんですけど、大丈夫ですよ、治りますよっていうようなこと言われて、安心したのは覚えています。

患者さんってそもそもネガティブに考える方が多いんですか?

実は私の周りには、あんまりネガティブな人はいないという以前に、がんである事を打ち明けてくれた友達はいても、私みたいにステージが進んでるって人はいなかったんです。割とみんな初期の方が多かったんで、正直、ネガティブな雰囲気はあまり感じなかったですね。
でも今回漫画を出したことによって、患者さんや元患者だったり、闘病中の方からメッセージもらったりすることがあったんですけど、やっぱり私みたいにここまで前向きで、破天荒なのは珍しいみたいですね(笑)。

実際、先生に自分で描いた漫画をプレゼントしたんですけど、私の自由に生活していることをそのまま赤裸々に描いている内容をみて、あまりの破天荒さにちょっと引いてましたね。最初にもらった感想が「こんなに遊んでたんですか?!こんなに遊んでたなんて聞いてないですよ!汗」って(笑)。

ネガティブに考えるっていうわけじゃないですけど、がんと診断されて、生活していく中でいろいろと食事や活動とかを治療の関係あるなしに自制する人とかもいたりして、むしろそういう人の方が大多数なんじゃないかなと思います。

ちなみに、メッセージってどんなメッセージをもらうんですか。

正直に言いますと、賛否両論ありましたね。

ポジティブなメッセージだと、「がん患者ができる事の枠のハードルを一気に上げてくれた」とか、「ハードルを上げてくれてありがたい」とかですね。
飲酒は本来ならばしてはいけないことなんですけど、がん患者が合コン行ったり、海外旅行に行ったりするイメージがあまりない中で、そういう自分の実際にしてきた行動や恋愛を赤裸々に書いた事で、「がん患者が普通の人と変わらず生活できる事を気付かせてくれたことに対してありがたい」という言葉をいただきますね。もちろん、逆にネガティブな意見も当然あって、「絵が大してうまいわけではないのに、『ステージ4の乳がん』っていうパワーワードだけで出てきた漫画家な気がする」とかです。それは確かにその方のおっしゃる通りなんです。最初の頃はそういうネガティブな意見を見かける度に、ズキーッとか傷ついて凹んでいたりしたんですけど、今は全然気にしていませんね。
一回だけの人生ですから、これからも今回の漫画家デビューのようにチャンスだと思って、これからもいろんな事にチャレンジしていきたいと思います。

普段の生活について聞いていいですか。会社にいきながら病院に通っていたと伺ったんですけど、日常生活を送る上で時間の使い方に変化はありましたか。

私のがんが最初進行性のものだったので、とにかく一刻も早く抗がん剤治療しましょう、もし抗がん剤をやらないのであれば、乳房の全摘を行いますって言われてたんです。
乳房の全摘は避けたいと思ったので、その後すぐに抗がん剤を始めたんです。半年ぐらいで抗がん剤の治療を行って、腫瘍が小さくなったので、乳房を全摘しないで温存できることになったので、一部摘出の手術を行いました。そのあとは放射線治療を始めましたね。そして、放射線治療のあとはホルモン治療を始めて、今でも治療を続けています。

一番キツかったのは、抗がん剤治療の時でしたね。副作用も強かった。抗がん剤治療は3週間に一回病院に行って治療を行っていたんですけど、その当時広告代理店で働いていました。治療開始後、会社にお願いして、仕事内容をフロントからバックオフィスに移してもらって、仕事の負担を軽くしてもらいました。

抗がん剤の副作用は、抗がん剤を打った直後が結構重くて、病院に行った後の三日間ぐらいは会社休んだりとかしていましたね。1ヶ月間で1週間ぐらいは休んでいたと思います。あとは普通に出社していましたよ。

副作用などで体調が優れない日はあれども、普通に働くことができていたんですね。

そうですね。普通に通勤もして、働いて、仕事後に合コンへ行ってたりしましたね(笑)。

そしたら、会社はそういった副作用などが出た時に休息を取らせられる環境であれば問題ないんですね。他に考慮して欲しい点とかはありましたか。

今もう転職しちゃったんですけど、大きな会社だったのでそういう柔軟な移動の対応やお休みを取らせるための体制などは整っていたんだと思います。休みもちゃんと取れるし、お金とかも出してくれるし、それ以上もっとこうして欲しかったっていうのは、思いつかないかなぁ。当時は、働くことに関して不自由は感じていなかったです。

通院でのがんの治療の場合、会社が設けている制度で十分に日常生活を送ることができるんですね。

そうなんです。逆にいうと良い会社だったのかもしれない。ラッキー。給料も人並みだったと思います。働ける日数が減るのと、部署の異動で給与はもちろん下がりはしました。治療費用などのお金が必要なのに、稼げないっていうのはちょっと辛かったです。実は治療費用は、ほとんど親に負担してもらっていました。

しかも、がんの治療保険に入っていなかったので、それは後悔しましたね。というのも、もともとがん家系でもないので、自分はがんと無縁だと思っていたんです。なぜ突然私だけがんになってしまったのか、本当に謎です(笑)。

あと、がんになる前と今じゃ、今の方が健康な生活を送れていますね(笑)。がんのおかげで健康になりました。運動もするようになりましたしね。サップ(スタンドアップパドルボード)っていうマリンスポーツをやってるんですよ。
あとは、今年マラソンに出るんです。まだ走ったことはなくて不安なんですけど、やりたいことを持つって大事ですね。ストレスがないって言うと、楽をしてるみたいに思われることもあるんですけど、私はストレスフリーっていうのは人生が充実していることだと思います。気持ちが満たされているというか。充実した生活を送ること、生きる活力が満ちているみたいな感じになっていると思います。

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