ステージ4=すぐ死ぬ?
「死んじゃうの?」と言われる理由と、当事者が感じた認知のズレ
はじめに|「ステージ4」と聞いた瞬間に起きるズレ
乳がんステージ4と伝えたとき、
多くの人が反射的に口にする言葉があります。
「……死んじゃうの?」
白戸ミフルさんも、告知後にこの言葉を向けられ、強い違和感を覚えたと語っています。
それは悪意からではなく、「ステージ4」という言葉が持つ社会的なイメージによるものでした。
「ステージ4=すぐ死ぬ」という認知はどこから来たのか
多くの人にとって「がん・ステージ4」は、
映画やドラマの最終局面
ニュースで語られる“末期”
治療ができない状態
といった断片的な情報の集合体です。
そのため、
ステージ4=余命宣告=すぐ死ぬ
という短絡的なイメージが無意識に刷り込まれています。
これは医学的な理解というより、
メディアや物語によって形成された感情的な認知だと言えます。
当事者が感じる「温度差」という違和感
白戸ミフルさんは、
自分では治療を続け、生活を送り、前を向いている最中にもかかわらず、
周囲からは「死を前提とした言葉」を向けられることに戸惑ったと話しています。
このとき生まれるのが、
**当事者と周囲との間にある“認知の温度差”**です。
本人:今を生きている
周囲:もう終わりに近いと思っている
同じ「ステージ4」という言葉を見ていても、
見ている世界はまったく違っていました。
「余命」という言葉が持つ、もう一つのズレ
「余命はどのくらいなの?」
この質問も、ミフルさんが実際に受けて驚いた言葉のひとつです。
彼女は、
余命とは本来、簡単に決められるものではないし、
がんでない人も含めて、誰もが「明日を保証されているわけではない」
と感じるようになったと語っています。
それでも、
がん患者にだけ「余命」という言葉が向けられる――
この事実こそが、認知のズレを象徴しています。
「知らないからこそ、聞いてしまう」
多くの場合、
「死んじゃうの?」
「余命は?」
と聞く人に、悪気はありません。
むしろ、
何を言えばいいかわからず、
沈黙を埋めるために出てしまう言葉でもあります。
しかし当事者にとっては、
その一言が、自分の生を一瞬で“終わりの物語”に変えてしまう感覚を伴うこともあります。
認知ギャップは、誰かを責めるための話ではない
このギャップは、
聞いた側が冷たい
患者が神経質
という話ではありません。
社会全体が「がん」「ステージ4」をどう理解してきたか
という構造の問題です。
白戸ミフルさんの体験は、
このズレを責めるためではなく、
「気づくきっかけ」を与えてくれています。
おわりに|「生きている今」をどう見るか
ステージ4と診断されても、
治療を続け、生活を送り、笑い、悩み、選択を重ねている人がいます。
「ステージ4=すぐ死ぬ」という認知は、
現実のすべてを映してはいません。
白戸ミフルさんが感じた違和感は、
私たち一人ひとりが
言葉を選ぶ前に立ち止まるためのヒントなのかもしれません。
白戸ミフルさんが、
乳がんステージ4と告知された後に感じた戸惑いや、
「元気そう」と言われることへの違和感については、
▶︎ 乳がんステージ4でも普通に生活していた理由|白戸ミフルさんの実体験
で詳しく紹介しています。
