周囲が勝手に「余命」を聞いてくる違和感
― 乳がんステージ4・白戸ミフルさんの体験から
乳がんステージ4を伝えたあとに起きたこと
乳がんステージ4と診断されたことを周囲に伝えたとき、
白戸ミフルさんが強く感じたのは、病気そのものよりも「人の反応とのズレ」でした。
2017年、自身の乳がんについて顔出しで記事を書き、大きく知られるようになったあと、
それまで病気を伝えていなかった友人たちからも、多くの連絡が届くようになります。
記事の中では「根治に向かっている」ことを書いていたにもかかわらず、
その連絡の多くは、どこか「もう終わりなのではないか」という前提に立ったものでした。
「余命はどのくらい?」と聞かれたときの戸惑い
中には、
「余命はどのくらいなの?」
と、遠慮なく聞いてくる人もいたといいます。
ミフルさんは、その質問に強い違和感を覚えました。
それは、がん患者に対してだけ「余命」という言葉が当然のように向けられる空気でした。
がん=余命が決まっている、という思い込み
ミフルさん自身、乳がんになる前は、
誰かががんだと聞けば「え、死んじゃうの?」と思っていた側だったと語っています。
だからこそ、その反応が特別なものではなく、
多くの人が無意識に抱いている認識であることも理解できる。
それでも、実際に患者の立場になってみると、
その温度差は想像以上に大きかったといいます。
「余命」は誰にでもあるという感覚
ミフルさんは、「余命」という言葉についてこう感じていました。
余命は、すぐに決まるものではない。
そして本当は、がん患者でなくても、
明日を無事に迎えられる保証は誰にもない。
それにもかかわらず、
「がん=余命が決まっている存在」
として扱われてしまうことに、強い違和感があったのです。
違和感の中で感じた、救いになる反応
すべての反応が辛かったわけではありません。
がんについて調べて、
「これがいいらしいよ」と食べ物を持ってきてくれた友人。
過剰に気を遣うわけでもなく、
でも確かに寄り添おうとしてくれる、ささやかな行動。
そうした優しさには、素直に救われたとも語っています。
特別扱いではなく、一人の人として
ミフルさんが求めていたのは、
過剰な同情でも、腫れ物に触るような扱いでもありません。
「がん患者だから」と線を引かれることなく、
一人の人間として接してもらうこと。
そして、
勝手に「余命」を決められないこと。
この体験は、
がん患者と接する側にとっても、
自分の中にある無意識の思い込みに気づくきっかけになるかもしれません。
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