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乳がんステージ4でも普通に生活していた理由|白戸ミフルさんの実体験

乳がんステージ4でも「普通に生活していた」理由

乳がんステージ4でも「普通に生活していた」理由

乳がんステージ4と診断されたとき、
白戸ミフルさんが最初に感じたのは「前向きにならなきゃ」という気持ちではありませんでした。
怖さも、不安も、混乱も、すべて同時に押し寄せてきたといいます。

それでも、結果として彼女は
「特別な生き方」を選ばず、
できるだけ“これまでと同じ生活”を続けていました。

「頑張ろう」とは思っていなかった

ミフルさん自身は、
「元気でいよう」「前向きに生きよう」と意識していたわけではありません。

むしろ意識していたのは、
無理をしないこと
自分の感情をごまかさないことでした。

泣きたい日は泣く。
不安な日は何もしない。
動ける日は、普通に外に出る。

「乳がん患者だからこうあるべき」という考えを、できるだけ持たないようにしていたと語っています。

「特別な患者」になりたくなかった

診断後、周囲から心配されることが増えました。
それ自体はありがたいことだと分かっていても、
必要以上に気を遣われると、自分が“別の存在”になってしまったように感じたといいます。

ミフルさんが求めていたのは、
同情でも励ましでもなく、
これまでと同じ距離感でした。

普通に話しかけてもらうこと。
病気の話ばかりをしないこと。
それが「生活を続けている」という実感につながっていました。

「できる日」と「できない日」を分けた

治療中は、体調が安定しない日も多くありました。
抗がん剤治療の直後は特につらく、
動けない日が続くこともあったそうです。

だからこそ、
毎日同じように動こうとはしませんでした。

今日は休む日。
今日は少しできる日。
今日は外に出られる日。

そうやって日々を切り分けることで、
「普通の生活」を無理なく続けることができたといいます。

「人生の終わり」を意識したことで変わったこと

大きな転機になったのは、
「自分の人生には終わりがある」と本気で向き合った瞬間でした。

いつかやろうと思っていたこと。
本当はやりたかったけれど後回しにしてきたこと。

それらを
「今やらなければ、もうできないかもしれない」
と感じたことで、考え方が大きく変わりました。

その結果、子どもの頃からの夢だった漫画家への挑戦にも踏み出しています。

「普通に生活していた」は、強がりではない

乳がんステージ4でも普通に生活していた、という言葉は、
強がりでも、理想論でもありません。

不安がなかったわけではない。
怖くなかったわけでもない。

それでも、
病気が人生のすべてにならないように、
自分の感情と距離を取りながら生きていた。

白戸ミフルさんの体験は、
「乳がんステージ4=すべてが変わる」という思い込みに、
静かに問いを投げかけています。


白戸ミフルさんの乳がんステージ4の体験は、このページで触れた内容だけではありません。
告知から治療、仕事や日常との向き合い方まで、より詳しい体験談は、以下のページにまとめています。

乳がんステージ4からの生還|白戸ミフルさんの体験談(全4話)