LA Butterfly

がん闘病記

「子宮体がんを20代で克服した白井裕美子さんの体験談」 LA Butterflyまとめ

子宮体がんを20代で克服した白井裕美子さんの体験談

LA Butterflyとは:

LA Butterflyは、ロサンゼルス発信のがんサバイバーたちが『自分らしさ』を見つけ、力を得たストーリーを届けるプラットフォーム。さなぎから蝶へと羽ばたくイメージを込め、彼らの言葉、学び、おすすめアイテムをまとめ、希望と勇気を共有します。

白井裕美子さん闘病まとめ:

白井裕美子さんは、20代で子宮体がんという稀な病気を経験したサバイバーです。高田馬場の駅で倒れたことをきっかけに病院を受診し、詳しい検査で子宮体がんが発覚。治療の第一選択肢である外科手術を受け、子宮摘出を決断しました。手術後は子どもを産めない現実と向き合いながらも、人生プランを修正し、前向きに生きる道を見出しました。UKロックへの情熱やチャリティ活動への関心が、彼女を支える大きな力となり、特に「ザ・フー」の影響から若年性がん患者支援団体「STAND UP!!」との繋がりを築きました。闘病中に翻訳を手掛けた書籍を「大切な子」と呼び、困難を乗り越えた証として誇りに思います。現在は、がんサバイバーとしての視点を生かし、同じ境遇の人々に「Be Happy! Be Lucky!」というメッセージを送っています。

UKロック:

白井裕美子さんのUKロック愛好家としての側面は、彼女の人生とがんとの向き合い方に大きな影響を与えています。彼女は「ビートルズとかザ・フーあたりの1960年代のUKロック」に心を奪われ、「めちゃめちゃイギリスの音楽が好きだったから」イギリスへ渡り、テレビ関係の仕事を経験しました。特に「ザ・フーのボーカルのロジャー・ダルトリーっていう人が、『ティーンエイジキャンサートラスト』の後援者になっていて、イギリスでチャリティ活動をしていました」と語るように、UKロックは単なる趣味を超え、彼女をチャリティという社会貢献の場へと導いたきっかけでもあります。1960年代のブリティッシュビートに代表されるUKロックは、そのエネルギッシュで自由な精神が白井さんの価値観を形成し、後の闘病生活での精神的な支えとなりました。

がんとの関連では、UKロックが白井さんに与えた影響がさらに明確になります。「ティーンエイジキャンサートラスト」への関心から「イギリスでそのコンサートに行けるような環境が魅力的で、私は徐々にイギリスに流れて向こうで仕事をしてしまった」と振り返る彼女にとって、音楽はがんとの出会いの原点でもありました。また、闘病中に「ザ・フー」のクロニクル本を翻訳し、「ベッドの上、あと家に帰ってから。時短で働いてたときに余ってる時間を療養せずに翻訳してたんです」と語るように、UKロックへの情熱は彼女に具体的な目標を与え、がんを乗り越える力をもたらしました。「Be Happy! Be Lucky!」というロジャー・ダルトリーの言葉をメッセージに選んだのも、UKロックが彼女にとってがんサバイバーとしてのアイデンティティと深く結びついている証です。

「Be Happy! Be Lucky!」:

「Be Happy! Be Lucky!」という言葉は、白井裕美子さんが深く愛するUKロックバンド「ザ・フー」のボーカル、ロジャー・ダルトリーがライブの最後に贈るメッセージです。彼女はこの言葉に大きな力を感じており、闘病中の自分を励まし、さらには同じ境遇の人々へのエールとして大切にしています。特に「これからみんな幸せになってね、いいこともあるよ」という想いを込めて、この言葉を今闘病中の人々に届けたいと語っています。白井さんにとって、このシンプルなフレーズは、がんという過酷な経験を乗り越えた先に見える希望の象徴であり、「どんな状況でも幸せを見つけ、運をつかんでほしいと思うんです」と力強く述べています。

白井さんの人生において、この言葉は単なる応援以上の意味を持ちます。彼女は20代で子宮体がんを発症し、外科手術で子宮を摘出したことで出産ができない現実と向き合いました。それでも、翻訳した「ザ・フー」のクロニクル本を「大切な子」と呼ぶように、新たな形で自分の夢を育みました。この過程で「Be Happy! Be Lucky!」は、絶望の中でも前向きな一歩を踏み出す原動力となったのです。「どんな状況でも幸せを見つけ、運をつかんでほしいと思うんです」という彼女の言葉には、苦しみを経験したからこそ伝えられる深い共感と励ましが込められており、闘病中の人々に寄り添う温かいメッセージとして響きます。

前向きで力を与える発言や考え:

  • 「人生プランを修正して、しかたないことはしかたないと切り替えたときから大丈夫になった」: 「前を向くためには、自分で現実を受け入れる強さが必要だと思うんです。」
  • 「サバイバーになったことで、仲間と出会い視点が広がった」: 「がんを経験したからこそ、人の気持ちに寄り添える自分になれたと思うんです。」
  • 「お金を貯めてチャンスに備える」: 「未来の可能性を自分で切り開ける準備が大事だと思うんです。」
  • 「私が闘病中に翻訳した本は大切な子」: 「できないことがあっても、新しい形で何かを生み出せると思うんです。」

(がんノート)

白井裕美子さんの闘病記録:

  • 診断のきっかけ:
    • 高田馬場の駅トイレで過多出血による貧血で倒れる。
    • それまで生理不順はあったが、子宮頸がん検査では異常なし。
    • 倒れた後、病院で詳しい検査を勧められる。
  • 診断プロセス:
    • 子宮体がん検査(子宮内膜搔爬手術)を実施。非常に痛みを伴う検査。
    • 結果判明まで1週間、「もしそうだったら」と心の準備を進める。
    • 医師から「やっぱりそうでした」と告知。20代での発症は1%未満の超レアケース。
  • 治療の選択:
    • 第一選択肢は外科手術(子宮摘出)。抗がん剤は選択肢にならず。
    • 両祖母を子宮がんで亡くしていた経験から、「早く治す」ことを最優先に決断。
  • 治療の流れ:
    • 倒れてから手術まで約1.5〜2か月。
    • 初回の子宮内膜搔爬手術で細胞が取りきれず、全体摘出を決定。
    • 入院2週間、自宅療養1か月、時差通勤で職場復帰というスケジュール。
  • ステージ:
    • ステージ1b(初期)。早期発見が幸運だったと振り返る。
  • 術後の影響:
    • 低気圧時に古傷が痛む(雑巾を絞るような感覚)が、慣れで日常生活に支障なし。
    • 子宮摘出により出産が不可能に。精神的な葛藤が術後1〜2年後に表面化。

参考資料: