【乳がん闘病】第一話 ステージ4からの生還 漫画家たみふる/白戸ミフルさん LA Butterfly
LA Butterflyとは:
LA Butterflyは、ロサンゼルス発信のがんサバイバーたちが『自分らしさ』を見つけ、力を得たストーリーを届けるプラットフォーム。さなぎから蝶へと羽ばたくイメージを込め、彼らの言葉、学びをまとめ、希望と勇気を共有します。
はじめに
アフラックCMで知られる山下弘子さんは、19歳で肝臓がんと診断され、余命半年と宣告されながらも、結婚や新たな挑戦を通じて自分らしい人生を切り開いた女性です。
彼女を支えた夫・前田ともきさんは、投資家、政治家、戦略家、経営者としての豊富な経験を活かし、全体を俯瞰する視点で、友人や家族と連携して闘病をサポートしました。
このページでは、7年前を冷静に思い返して頂いた前田さんへのインタビューをもとに、弘子さんの生き方とサポートの軌跡を紐解き、冷静に次のステップを考える重要性を考えます。感情的な傾聴はお母さまやご友人を頼りつつ、俯瞰的な判断が闘病にどう寄与するかを考えます。
山下弘子さんの紹介
- 2012年秋(19歳):大学1年生で肝臓がんと診断、余命半年と宣告。
- 2012年:手術でがん一時消失。
- 2013年:前田さんとの出会い。肺転移と肝臓がん再発、切除。
- 2014年:メディア特集やパラグライダー挑戦。
- 2015年:日本テレビ系番組「Cancer gift がんって、不幸ですか?」が放送
- 2016年:アフラックCM出演。
- 2017年:前田さんと結婚、挙式。
- 2018年3月25日:25歳で逝去。
前田ともきさんの紹介
前田ともきさんは、弘子さんの夫であり、投資家、政治家、戦略家、経営者としての多岐にわたる経験を持つ人物です。弘子さんの闘病中、彼は日常の99%を「普通に生きる」基盤として維持しつつ、治験情報や治療オプションを調査し、全体を見渡す司令塔としての役割を果たしました。

2014年4月、トルコでパラグライダー体験をする山下弘子さん (前田さんご提供)
役割分担:闘病は人生のごく一部
5~6年間の闘病期間で、役割分担はどうでしたか?
そうですね、基本同居してたわけじゃなくて、結婚してから前も含めて2年ぐらいは、メインは僕のところにいるけれども、半々ぐらいで実家にいてたんで、日々の通院回りだったりとか、そういうのはお母さんがずっとやってたんですよ。半年前から結婚してから後ぐらいは、近畿大学病院とか遠くに1時間半ぐらい行くところだったので、僕のところから直接運転しながら行くという感じだったんですね。たまにスケジュールが合うときは、お互い病状の確認、医者との面談のときには僕もついていくという感じでしたね。
キーワード: 役割分担、お母さんのサポート、日常の優先。
基本的には病院にはお母さんが行かれた方が多いということですか?
そうですね、たぶん7:3か8:2ぐらいの割合で、お母さんとかですね。
キーワード: お母さんの役割、通院サポート。
役割分担で特に意識したことは?
サッカーに例れば、小学生とかで、ボールにバーッと集中してみんな集まると思うんですけど、チームではキーパーはキーパーの役割、フォワードはフォワードの役割、監督は監督の役割で、分担するじゃないですか。
患者をサポートする上でも、分担が大事であって、共感とか傾聴できる役割ができる人っていうのは、世の中にいっぱいいるわけですけども、冷静に心理のブレをコントロールして、どういう打ち手を打っていくかっていうことができる人って、そんなにいないと思うんで、そこを僕は、もともとそういうタイプですし、そこを意識的に担ってたというところですね。
キーワード: サッカー的役割分担、俯瞰、冷静な意思決定、司令塔。
目に見えるアクション:ストレスを最小限に
結婚後、一緒に過ごす中で目に見えるサポートは?
サポートというか、ヒロの場合はほぼほぼ元気なんですよね、すごく。たまに当然、副作用とかで入院したりとか、咳がすごく痛くなっても救急車に呼んだりすることもあるんですけども、それって2%ぐらいの割合で、基本は同じ、僕と同じような元気いっぱいの女性という感じだったんで。特徴だってケアしたことっていうのが、あまり他の人の参考にはならないかなという感じはしてる。
キーワード: 普通に過ごす、ストレス最小化、元気なカップル。
朝日新聞のインタビューで「99.9%はガンのことは考えないで普通に生活」というコメントがあったと思うんですが、まさに同じ通り、そういう形だったんですね?
そうですね。買い物行ったりとかそういうのばっかりですね。
キーワード: 日常の楽しさ、がんを意識しない。
病状が進む中での具体的なサポートは?
それも正直、咳込んですごくキリが刺すように痛いとかっていうこともあったんですけども、それも本当にね、数日とか数週間で、薬が飲んだら薬がマシになったりとか、数日は当然、例えば腫瘍マーカーとかっていうのはすごくガーンって上がって、もう通常したら10以下の数値なのが2万とか5万、10万とかって上がってきて、そこはメンタルやられるところはあるんですけども、ただその日々の生活の体の面で動きづらかったりとかってのはほぼほぼなかったんですね。
当然その副作用、抗がん剤の副作用で、皮膚の痒みが出たりとか、発疹が出たりとか、そういうのがあったんですけども、それがじゃあもう何ヶ月も続いているかっていうんじゃなくて、もう1週間、2週間ぐらいだったんですよね。
キーワード: 一時的な副作用、日常の維持、メンタルケア。
弘子さんから見えないところで、例えば治験情報を調べたりといったアクションはありましたか?
治験の情報がメインですね。彼女の場合、実質的にもう打つ手がありませんという話の中で、もう緩和ケアしかないよねっていう状況になったんですけど、それはあくまでも日本の標準治療で出ている治療方法がその段階であって、今の例えば治験でフェーズ3であれば、ほぼ最終段階で半分か3分の1ぐらい承認するということが決まっているような薬なので、治験の情報がこういうがあるよねとか、こういうアプローチがあるよねっていうのを調べたりとか、彼女の周りにも医者であったりとか医学生とかいたんで、そういう方から、例えばこういう医師のこういう治療法だったらいけるんじゃないかっていう情報が来たりするんですよね。
そのときに彼女だけでは、当然そこは分かりきれない分野もあるので、そういうのを僕が一緒になって調べて、これ確かにこの治療法いけそうやなということで行ったりとか、そういうのをやったりしましたね。
特に僕も創薬のベンチャーのデューデリ(企業詳細調査)とかもしたことあるんで、治験のプロセスとか、何パーセントぐらいで承認に至るのかとか、そういうのは肌感覚で分かってたんで。彼女の場合は、2014年頃にはソラフェニブ。その後標準治療の選択肢がなくなった後はレンビマやニボルマブの治験に参加しました。
注記:
- ソラフェニブ: 主に進行した肝臓がん(肝細胞がん)や腎臓がんの治療に使用される標的療法薬で、2009年に日本で承認されました。腫瘍の成長や血管形成を抑制し、治療選択肢が少ない患者の病状進行を遅らせる効果があります。
- レンビマ(レンバチニブ):多キナーゼ阻害剤として非切除可能な肝細胞がんや甲状腺がんなどの治療に使用され、2017年に日本で肝臓がんの適応が承認されました。従来の治療が失敗した後に標準的な選択肢となり、進行例では臨床試験でよく検討されました。
- ニボルマブ:免疫チェックポイント阻害剤として体の免疫応答を高めてがん細胞と戦う薬で、2014年に日本でメラノーマの治療に承認され、2017年に肝臓がんにも適応が拡大されました。標準治療が効果を失った場合に臨床試験で頻繁に使用されました。
- 腫瘍マーカー: 腫瘍マーカーは、がん細胞やその活動によって血液や体液中に増加する物質で、がんの存在や進行状況をモニタリングするために使用されます。代表的な例には、AFP(α-フェトプロテイン、肝臓がんに関連)やCEA(癌胎児性抗原、消化器がんに関連)があります。数値が通常(例: 10以下)から急上昇(例: 2万や10万)することは、がんの再発や進行を示唆することがありますが、炎症や他の疾患でも上昇することがあり、確定診断には他の検査が必要です。
- フェーズ3治験: フェーズ3治験は、医薬品開発の最終段階で、新しい薬や治療法が既存の標準治療と比較して安全性と有効性を検証する大規模な臨床試験です。通常、数百人から数千人規模の患者が参加し、プラセボや標準治療と比較されます。この段階で成功率は約50~33%(半分か3分の1)程度とされ、承認に至る可能性が高いとされています。その後、規制当局の審査を経て市場投入が決定されます。
- 厚生労働省「医薬品医療機器総合機構 (PMDA) 承認情報
- 日本肝臓学会
- 日本癌治療学会
キーワード: 治験情報、治療の可能性、情報収集、戦略家的アプローチ、ニボルマブ、キートルーダ。
その他リンク:
- 雨上がりに咲く向日葵のように ~「余命半年」宣告の先を生きるということ 山下 弘子 (著) (Amazon)
- 最後の「愛してる」 山下弘子、5年間の愛の軌跡(書籍) (Amazon)
- ステージ4からの生還 漫画家たみふる/白戸ミフルさんインタビュー
前田さんの心境:感情のブレを抑える
検査結果や症状が出た際の心境は?
心の中では常にスタンバってますね。例えば、症状が出て救急車を呼んだことも何度もありますし、検査の結果を聞きに行くときも、2日前からそわそわするわけですよね。その時に僕自身、良かった場合はいいけども、悪かった場合にどういう反応を、僕自身がすべきか、表情とか。結局一番嫌なのが、例えば今月の調査、検査結果はめっちゃ良かったと。でも2人して万歳三唱して、2ヶ月後の検査結果がどん底に叩き落とされるっていうのが一番嫌なんですよね。その時の感情の触れ幅が、やっぱりすごく本人にダメージするんで、だから良い時にそんなに喜ばずとか、淡々としていくっていうのは、その触れ幅をなくすことなんですよね。
キーワード: 感情の振れ幅抑制、メンタル管理。
悪い結果の際はどう対応しましたか?
悪い時の、例えば、傾聴であったりとか、共感であったりとか、つらいねとかっていう声かけっていうのは、彼女の親がやるし、友達もできるし、そういうができる人にとって、いっぱいいるわけですよ。そこはちょっと割り切って、世間一般はこういう、辛かったねって言える人はいっぱいいるわけですけども、辛かったことを前提として、次どう打ち手を打っていくかっていう、冷静に意思決定できる人ってそんなにいないんで、そこを僕が掛けたピースを、意識的に埋めにいくっていう感じですね。
キーワード: 冷静な意思決定、次の打ち手、役割分担。
ご自身のストレス管理の工夫は?
「非日常の体験をすること」、それが彼女と僕にとっては旅行であったりするんですけども、そこで意識的に、世界の広さであったりとか、いろんな考え方を持つ人に出会ったりとか、ヒロに対しては、いろんな講演に積極的に出たらいいんじゃないとか、メディアに出たらいいんじゃないとか、自分の家でずっとぐるぐる考え事をして、固定的な人間関係よりも、常に新しい人、新しい仕事、新しい経験に触れていくことによって、また希望とか、ときめきとかできるわけですよね。それはポジティブな思考なんで、それで、がんに対してとか、自分の病状に対するネガティブな気持ちを潰していくというか、覆っていくというか、そういう発想ですね。
キーワード: 非日常の体験、ポジティブな思考、新しい経験。
アドバイス:冷静な判断と希望の維持
他の闘病をサポートされているご家族へのアドバイスは?
まずサポーターが、一番その方と近いのであれば、監督的な役割で、彼女を心理的にサポートする、いろんなプレイヤーがいる中で、そこが足りてないんだろうと。僕の場合は、次の治療法を探すとか、ポジティブに人生を生きていくというところの、プレイヤーがいなかったので、僕は意識的にそこを補いに行ったんですけど、そこをまずして、サポートする相手の方の、心理的なケアをしていくと。治療においては、特に標準治療であっても、先進的な治療の場合は、診察にあたっている医師が知らない場合も、結構あったりするんですよね。
例えば兵庫県の場合でも、放射線の粒子線治療センターを作っているんですけども、粒子線というのは、いろいろ拡大している中で、現場で診療にあたる医師って、知らなかったりするので、医師向けのセミナーを開いているぐらいなんですよね。
そういう新しい治療法、セカンドオピニオンを取りに行くということは、患者にとってはなかなか、心理的にも、病気を思い出したくないという側面からも、探しづらいところがあるので、新しい治療の打ち手を探しに行くというのが、サポーターの役割としては非常に重要かなと思いますね。
あとは、大きな病院においては、がん患者相談支援センターというのがあって、カウンセラーとか、そこはそこで、他のところももちろんあるし、僕も政治家として指摘はしているんですけども、そういうところでもアドバイスを受けながら、”相互力”というか、いろんな役割の人で相手を支えに行くというのが、大事なのかなというふうに思いますね。
キーワード: 監督的役割、新しい治療法、セカンドオピニオン、がん患者相談支援センター。
サポーターとして大切にしたことは?
特にメンタルをどう管理していくかって非常に重要だと思っていて、例えば治験、薬の開発の治験の時にも、結局プラセボ効果っていうので判定するんですよね、効果があるかどうかっていうのは。それぐらい人間っていうのは、薬だと思い込んだら、本当に体に効いてしまうように、その生活の中でも、ガンだけを意識して病室で寝ながら生きていくのか、それともガンは当然そこにあるけれども、脇に置いておいて、それ以外の日々の生活をどう前向きに楽しく生きていくかによって、人生の色取りも変わってくるし、実際に病に対しても、少なくともネガティブに反応せずにポジティブに反応するっていうふうに考えているので、何らかガンを意識せずに日常の人生をいかに楽しんでいくかっていうことに意識を集中させて、そう考えられるようなサポートというか、意識づけというか、そういうのを考えてきたっていうのが。
コメント: 前田さんが言及した「プラセボ効果」は、薬そのものではなく「効く」という信念が心身にポジティブな影響を与える現象を指します。この効果は、弘子さんが前向きに生きることで病に対抗する力を引き出した可能性を示唆しています。メンタル管理を通じてQOL(生活の質)を高めることが、闘病生活において重要な役割を果たしたと考えられます。
キーワード: 楽しい日常、QOL向上、メンタルサポート、プラセボ効果。
厳しくなる状況での励まし方は?
第一波というか、審査結果を受けてとか、あとは副作用で何か発作が起きたときとかは、彼女の感情とか思いが発露というか、出てくるのを、傾聴する、受け止めるだけしかないですね。
その後、それが落ち着いたときに、じゃあこれからどうするか、明日どうするかも含めて、そこから僕の出番というか、どういう治療法を探していくかとか、治療以外の人生の時間の使い方を、どう配分していくかとか、そういうところにつなげていく。
第一波のつらいところは、受け止めるしかないと思いますね。何を声をかけても、人によってとか、タイミングによってとか、その人のタイミングの、その時の思いによっても、正解がコロコロ変わるし、方向性が一緒でも、ワードの選定で、反発くらうこともあるので、必殺技というか、適切な言葉というのは、本当に難しいですね。
キーワード: 傾聴、感情の受け止め、次のステップ。
編集者感想と学び
2018年、ロサンゼルス在住の小生が出張で大阪を訪れた際、立命館大学出身のビジネスパートナー社長と一緒に昼食を待っている最中、ヤフーニュースで山下弘子さんの訃報を知った瞬間は今でも鮮明に記憶に残っています。社長もまた、大学後輩である山下弘子さんのことを知っており、二人で驚きを共有しました。その年、前田朋己さんから山下弘子さんにご挨拶できる場所を教えていただき、感謝しています。当時、私はがん患者をチーム医療で”相互力”でサポートするオンラインサービスを検討しており、今その学びがこのインタビューと重なり、大きな示唆を得ました。
インタビューを終え、前田さんがまさにこのサポートチームの司令塔であったと理解しました。休学闘病中に偶然前田さんと出会い、5年間にわたりサポートを受けた山下弘子さんは非常に幸運だったと感じます。前田さんの書籍で「自分はポーカーフェイスを貫いた」と記されていた部分が、山下弘子さんの「良い子をやめました」という生き方やメディアでの明るい姿と、今回のインタビューを通じて見事に繋がりました。書籍のトーンから「自分はただ冷たい人と思われているかも(笑)」という言葉も印象的でした。
あと一番の学びはご自身のストレス解消法。非日常の経験で、がんの不安を”覆っていく”という考えは大きな学びでした、その一つの結果がメディアに出ていた色々なご活動であったのだと理解しました。
前田さんの「司令塔」としての役割は、投資家、政治家、戦略家、経営者としての豊富な経験に裏打ちされており、感情と戦略の両立がどれほど重要かを教えてくれます。「傾聴はそれが得意な方を頼って」という前田さんの言葉がとても本質的であると感じました。お母さま、そして多くのご友人が山下弘子さんをサポートされたのだと思います。
また、医療従事者の燃え尽き症候群や患者を支える側のメンタルケアの必要性にも触れ、サポーター自身が日常のポジティブな思考を意識することの大切さを強調しています。
前田ともきさんありがとうございました。
前田さん的チームサポートの構築ステップ(応用編)
- ステップ1: 役割分担を明確化
- 家族、友人などのサポートチーム内で各サポーターの役割(例: 通院サポート、情報収集、感情ケア)を決め、患者の負担を減らす。例: お母さんが通院を、夫が戦略的判断を担当。
- ステップ2: 日常の質(QOL)を優先
- 闘病を人生の2%程度に留め、98%を「普通に生きる」ことに集中。買い物や旅行など、ポジティブな日常体験を増やす。
- ステップ3: 感情のブレを抑制
- サポーターも出来るだけ心の平静を保ち、良い時も過度に喜ばず、悪い時も冷静に対応。感情の振れ幅を減らし、患者に伝わるメンタルダメージを最小限に。
- ステップ4: 治療情報の収集と分析
- 治験情報(例: フェーズ3治験)やセカンドオピニオンを調査。実行可能な治療法を患者に代わり冷静に見極める。
- ステップ5: ポジティブな思考を意識づけ
- 非日常体験(旅行、新しい人との交流)を奨励し、プラセボ効果を活用。ガンを脇に置き、前向きな生活をサポート。
- ステップ6: 次の打ち手を戦略的に計画
- 絶望的な状況後、傾聴で感情を受け止めた後、治療法や人生の時間の使い方を提案。冷静な意思決定で未来を描く。
- ステップ7: 外部リソースを活用
- がん患者相談支援センターや粒子線治療センターなど、専門機関を積極的に利用。サポーター自身もメンタルケアを意識。
