LA Butterfly

がん闘病記

「急性骨髄性白血病 闘病記:野口千奈さんの22歳からの20年を振り返る」LA Butterflyまとめ

急性骨髄性白血病 闘病記:野口千奈さんの22歳からの20年を振り返る

LA Butterflyとは:

LA Butterflyは、ロサンゼルス発信のがんサバイバーたちが『自分らしさ』を見つけ、力を得たストーリーを届けるプラットフォーム。さなぎから蝶へと羽ばたくイメージを込め、彼らの言葉、学び、おすすめアイテムをまとめ、希望と勇気を共有します。

野口千奈さん闘病まとめ:

急性骨髄性白血病 闘病記として、野口千奈さんの20年以上前の経験は、22歳という若さで突然の診断に直面し、数々の試練を乗り越えた感動的な物語です。関節痛や微熱から始まり、クリニックでの初診を経て大学病院での確定診断、抗がん剤治療や骨髄穿刺を経験しながらも、前向きに生き抜いた彼女の人生は、同じ病に立ち向かう人々に希望を与えます。結婚や公文の先生としての新たなスタート、そして主治医からの「完治」の言葉に至るまでの軌跡は、闘病を超えた自己発見と成長の記録でもあります。

急性骨髄性白血病 闘病記から見えた自分らしさの発見と夢:

野口千奈さんの急性骨髄性白血病 闘病記は、単なる病との戦いの記録を超え、自分らしさや夢を再発見する旅でもありました。22歳で発症した彼女は、大学卒業後の就職、そして闘病という過酷な状況の中で、自分が何を大切にしたいのかを見つけていきます。例えば、闘病中は看護実習生との交流が大きな支えとなり、年上の患者ばかりの病棟で孤立感を感じながらも、同世代との会話を通じて心の平穏を取り戻しました。この経験は、彼女が後に公文の先生として子どもたちと関わる道を選ぶきっかけにもつながったのです。

治療を終え退院した後、彼女は大失恋という試練に直面します。それでも、九州で彼と一緒にいたいという夢が破れたことで、地元大阪で新たな人生を築く決意をします。30歳で公文の先生になり、子どもたちに学びの楽しさを伝える仕事に就いたことは、闘病で得た「誰かの役に立ちたい」という気持ちが結実した瞬間でした。さらに、結婚という新たな夢を叶え、流産という悲しみを経験しながらも、自分らしい生き方を模索し続けた彼女の姿は、病気を乗り越えた先にある希望を示しています。

野口さんの人生において、歌うことが趣味として一貫して登場します。カラオケや友達とのユニット活動、中島みゆきさんの「糸」のような曲を歌うことで、彼女は感情を表現し、自分らしさを保ちました。闘病中も退院後も、歌は彼女の心の支えであり、自己表現の手段だったのです。このように、急性骨髄性白血病という過酷な経験を通じて、彼女は自分を癒し、夢を追い続ける力を培っていったのです。

前向きで力を与える発言や考え:

  • 「今の治療をすごく信じてほしいな」: 「私が受けた治療は20年以上前だから全然違うと思うんです。今は副作用も軽減されてる薬もあるから、治療を信じて頑張ってほしいと思うんです。」
  • 「主治医がいてくださったから元気でいられてる」: 「先生と話すことで元気になるし、それが先生の冥利に尽きるんじゃないかなって思うんです。」
  • 「病院に関わる誰かに話してほしい」: 「掃除の方でもいいんです。1人でも気持ちを話せる人がいたらって思うんです。」
  • 「やっと原因が分かった」: 「告知を受けてショックより、ようやく正体が分かったんだって安心したと思うんです。」
    「これからの私、これを胸に生きていける」: 「主治医から完治と言われたことで、白血病を笑い話にできるくらい強く生きていけると思うんです。」

(がんノート)

野口千奈さんの闘病記録:

  • 初期症状: 22歳の時、1週間続く微熱と全身の関節痛。インフルエンザとは異なる異変を感じ、横浜の寮近くのクリニックを受診。
  • 初診: 採血後、1週間後の結果を待つよう指示されるが、翌日に電話で「すぐ来てください」と緊急呼び出し。
  • 異常発見: 白血球数が異常に多いことが判明。クリニックでは骨髄検査(マルク)の設備がないため、大学病院へ紹介状で即時転院。
  • 大学病院での対応: 激しい痛みの中、タクシーで移動。待合室で待機中、ベッドがなく椅子で耐える。採血後、白血病の疑いを示唆されるが、本人には未告知。
  • 両親への連絡: 病院から両親に白血病の疑いを伝え、父の日記に記録。大阪への帰還と専門病院への転院が決定。
  • 大阪での入院: 血液内科で有名な病院に9月1日入院。2日待機後、即入院し治療開始。
  • 骨髄穿刺(マルク): 腰に大きな針を刺し骨髄を採取。「魂を抜かれるような」痛みを伴う初体験で、精神的にも落ち込む。
  • 確定診断: 主治医から「急性骨髄性白血病 M2型」と告知。原因が判明し、少し安心感を得る。
  • 化学療法: 抗がん剤の点滴治療を開始。5カ月入院中、数回実施。副作用で嘔吐や下痢が続く。
  • 腰椎穿刺(ルンバール): 髄液採取のため背中に針を刺す治療。電気が走るような痛みとその後の嘔吐で最悪の経験に。
  • 退院と通院: 5カ月後退院するも、1年間は月1回の通院で点滴治療。結膜炎やインフルエンザ菌感染で再入院も。
  • 完治宣言: 2024年11月、主治医から「既に完治」と告げられ、20年以上の闘病に終止符。