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術前化学療法(術前補助化学放射線療法)
病変が大きい、深い、多数のリンパ節転移など、手術だけで根治が難しいときに行われます。直腸がんでは、筋層より深く浸潤している深達度cT3、cT4の場合に有効とされています。奏効すれば、術式を変更することで、人工肛門の回避が期待できます。カペシタビン(ゼローダ、以下商品名)を照射日から終了日まで内服し、1.8グレイ(Gy)の放射線を28回照射します。カペシタビンは手足症候群などの副作用があるため、フルオロウラシル(5-FU)の持続注射も選択肢となります。結腸がんに対する安全・有効性は確立されていません。
術後化学療法
根治切除後の再発予防を目的に行う薬物療法です。ステージ IIIの大腸がんや、再発リスクが高いステージIIの患者が適応になります。代表的な抗がん剤は、フォルフォックス(FOLFOX)療法(5-FU+レボホリナート+オキサリプラチン)、CapeOX(XELOX)療法(カペシタビン+オキサリプラチン)、カペシタビン、ホリナート・フルオロウラシル(5-FU+l-LV)療法、ホリナート・テガフール・ウラシル(UFT+LV)療法、S-1です。
全身化学療法(ステージIV)
最初に大腸がんと診断された患者さんの約20%は転移があるとされます。転移の場所は、肝臓・肺・腹膜が代表的で(遠隔転移)、がん細胞がある程度全身に広がっていると考えられ(ステージIV)、手術や放射線などの治療による根治は難しくなります。
診断時には切除可能で手術を行い、その後、再発した場合も、根治は難しいことが多く、進行大腸がんとして扱います。進行大腸がん患者の5年生存率は約10%とされていますが、転移巣が完全に切除された場合には長期生存できる例もあり、できるかぎり転移巣を切除したほうがよいとされます。
進行大腸がん患者の多くは抗がん剤による全身化学療法の適応です。他臓器に転移した場合、がん細胞が血液やリンパ管を通って移動し全身に回っており、すべて取り除くことは困難で、全身化学療法を行います。
全身化学療法を行ったとしても根治は難しいため、「できるだけ長く、うまく、がんと共に生きる」ことになります。抗がん剤でがんを制御できても、副作用で生活の質が下がり過ぎることもあります。投与量の減量や支持療法(緩和ケア)によって副作用の軽減を図ることができます。緩和ケアには「最期の医療」のイメージがありますが、現在では「治療の初期から緩和ケアを併用して苦痛を最小限にする」ことが一般的です。
一次治療と二次治療
全身化学療法で抗がん剤の効くがん細胞は死にますが、耐性のあるがん細胞は体内で増殖します。
つまり、いつかは抗がん剤が効かなくなり、変更する必要があります。副作用が強く許容できない場合も抗がん剤を変更します。初めに使う抗がん剤を一次治療、次を二次治療と呼びます。全身状態の変化や治療効果の低下によって、次の段階に移り、現在、四次~五次治療まであります。治療薬は限られており、いずれは緩和ケアに専念する時期がきます。
化学療法の薬(抗がん剤)
進行大腸がんに対する化学療法は、「フッ化ピリミジン系」、「オキサリプラチン、イリノテカン、もしくはその両方」と「分子標的薬」の3つの組合せになります。病変の場所や遺伝子変異の有無で使える薬剤が異なり、投与方法や副作用、患者の生活や価値観に合わせて選択します。
①フッ化ピリミジン系
フルオロウラシル(5-FU)は、がん細胞のDNAの合成障害やRNAの機能障害を引き起こすことで抗腫瘍効果を発揮します。
カペシタビン(ゼローダ)は、体内でフルオロウラシルに変換され、抗腫瘍効果を発揮します。悪心・嘔吐のほか、手足症候群という独特の副作用があります(5-FUやS-1も可能性あり)。手のひらや足の裏に感覚異常や発赤が見られ、重症化すると疼痛や歩行困難に至ります。
Sー1もフルオロウラシル系の内服する抗がん剤です。副作用は悪心・嘔吐や下痢などが代表的です。
②オキサリプラチン
オキサリプラチン(エルプラット)は、がん細胞のDNAと結合し、DNAの複製を阻害することで抗腫瘍効果を発揮します。代表的な副作用は末梢神経障害(指先のしびれ)です。
③イリノテカン
イリノテカン(カンプト)は、DNA合成で生じる構造異常を修復するトポイソメラーゼIの作用部位に結合し、修復を阻害してがん細胞を死に導きます。代表的な副作用は下痢、悪心・嘔吐などの消化器症状、脱毛です。
④分子標的薬
分子標的薬は、がん細胞がもつ特定の分子の情報伝達経路を遮断することで抗腫瘍効果を発揮します。特定の分子を阻害するため、薬剤ごとに特徴的な副作用があります。
大腸がんの分子標的薬は、血管新生阻害薬(VEGFを阻害)と、上皮成長因子受容体阻害薬(EGFRを阻害)が代表的です。そのほか、BRAF阻害薬も選択肢に入ることがあります。
・血管新生阻害薬
がん細胞の増殖にも栄養分と酸素が必要であり、がん組織は正常組織と異なる豊富な血管構造をもっています。がん細胞は、血管内皮成長因子(VEGF)シグナルを出して正常血管から血管を引き込みます。このVEGFシグナルを遮断し、兵糧攻めにより抗腫瘍効果を発揮するとされるのが血管新生阻害薬です。
血管新生阻害薬で一般的なのはベバシズマブ(アバスチン)で、ラムシルマブ(サイラムザ)やアフリベルセプト(ザルトラップ)も選択可能です。ただ、後者は二次治療以降にのみ適応です。代表的な副作用は、高血圧、出血、消化管穿孔、血栓塞栓症、創傷治癒遅延などがあります。突然の強い腹痛や呼吸困難、胸痛、喀血・吐血、血便や急激な血圧上昇などには緊急の処置が必要です。傷が治りにくい副作用があるので、手術後や出血を伴う検査後の投与は見合わせる場合があります。また、腸閉塞経験者は、消化管穿孔のリスクがあるため、避ける傾向にあります。
・上皮成長因子受容体阻害薬
がん細胞が増殖するメカニズムの1つに、細胞表面の上皮成長因子受容体とよばれる部位が活性化され、そこから細胞を増やすという信号が細胞内に伝わっていく、というものがあります。上皮成長因子受容体をブロックするのがこの阻害薬で、セツキシマブ(アービタックス)、パニツムマブ(ベクティビックス)があります。それぞれKRAS/NRASという遺伝子変異がない場合に適応となります。代表的な副作用は、皮膚障害のざ瘡様皮膚炎(にきびのようなできもの)、皮膚乾燥、爪囲炎(爪周囲の赤い腫れ)、間質性肺炎、低マグネシウム血症などがあります。
⑤免疫チェックポイント阻害薬
大腸がん患者の約2~3%に、遺伝子の反復配列「マイクロサテライト」の異常である「高度マイクロサテライト不安定性(MSI-high)」が認められます。これがある切除不能進行再発例に対して、免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブ(キイトルーダ)の有効性が示されました。免疫チェックポイント阻害薬は、免疫応答を抑制する分子(免疫チェックポイント)を阻害することで、免疫反応を活性化し、腫瘍細胞を攻撃します。代表的な副作用は免疫関連有害事象(irAE)と呼ばれ、皮膚炎や大腸炎、間質性肺炎、肝機能障害・心機能障害や内分泌障害など多臓器にわたることが知られています。
⑥その他の薬
トリフルリジン・チピラシル(ロンサーフ)は、腫瘍細胞のDNA合成を阻害し、抗腫瘍効果を発揮します。代表的な副作用は、骨髄抑制やそれに伴う感染症、間質性肺炎です。
レゴラフェニブ(スチバーガ)は、血管新生や腫瘍形成に関わるさまざまなタンパク質を阻害することで抗腫瘍効果を発揮します。代表的な副作用は、肝機能障害や手足症候群、顔面や体幹などの皮疹、高血圧で、下痢や倦怠感も多く見られます。
薬による副作用
副作用は、自覚される副作用と検査でわかる副作用があります。また、頻度は高いが対処法が確立されているもの、頻度は低いが命の危険がある重篤なものという分類もあります。
①自覚される副作用
・嘔気
制吐剤と抗がん剤の使用法が発達し、激しい嘔吐はほぼなくなりました。FOLFOX療法、FOLFIRI療法では、事前に制吐剤のデキサメタゾン(デキサート)やパロノセトロン(アロキシ)、アプレピタント(イメンド)などを服用します。
胃のむかつきなどはメトクロプラミド(プリンペラン)やドンペリドン(ナウゼリン)、精神的な嘔気(予期性悪心・嘔吐といいます)はロラゼパム(ワイパックス)、アルプラゾラム(ソラナックス)などの抗不安薬、乗り物酔いに似た嘔気にはジフェンヒドラミン・ジプロフィリン(トラベルミン)を使います。オランザピン(ジプレキサ)はさまざまな嘔気に対応し予防投与が推奨されています。
・下痢
整腸剤(ミヤBM、ビオフェルミンなど)や、腸の運動を抑え水分吸収を促すロペラミド(ロペミン)を用います。イリノテカンの作用による下痢は、発汗やくしゃみなどの副交感神経活性化による症状(コリン作動性)を伴い、それを抑制するアトロピンを使う場合もあります。
・末梢神経障害(手足のしびれ)
オキサリプラチンではほぼ必発です。休薬で回復しますが、回数を重ねると治りにくくなります。寒冷刺激で誘発されますので、ぬるま湯を使う、金属などに触れないことや手袋・靴下などの装着といった工夫が必要です。オキサリプラチンの投与後に喉が締めつけられる症状も出ることがありますが、感覚異常ですので呼吸そのものには影響しません。手足のしびれで日常動作に制限が出た場合は減量や中止が必要です。
・ざ瘡様皮疹・脂漏性皮膚炎
セツキシマブ(アービタックス)やパニツムマブ(ベクティビックス)の代表的な副作用です。ざ瘡様皮疹はにきびのようなもので、脂漏性皮膚炎は顔や頭皮にふけのような粉、皮むけ、紅斑(赤み)が見られます。投与後1週頃から出現し、2~3週でピークを迎え、その後軽快することが多いです。
・手足症候群(手掌・足底発赤知覚不全症候群)
フルオロウラシル(5-FU)やカペシタビン、S-1などの抗がん剤で、手足の皮膚、爪などに紅斑やしびれ、ピリピリ感、色素沈着などが現れることがあり、手足症候群と呼びます。重症化すると痛み、腫れ、水ぶくれや皮膚のめくれを伴います。対処法は保湿、清潔、物理的刺激を避けることです。疼痛を伴い、角質剥離、水疱、出血、亀裂、浮腫(むくみ)、角質増殖症(皮膚が硬く爪が厚くなる)を伴う場合はステロイド、保湿剤を十分に塗布し、抗がん剤は休薬・減量します。
・脱毛
どの抗がん剤でも起こり得ますが、大腸がんで使われる抗がん剤の中では、特にイリノテカンで起こります。約半数の方々に見られます。初回投与後2~3週から抜け始め、最終投与後1~2カ月で生え始めます。髪質や色の変化も2年ほどで戻るとされています。
・味覚障害
フルオロウラシルやオキサリプラチンで頻度が高い副作用です。味蕾(味を感じる細胞)の活動に必要な亜鉛が足りない場合や唾液が足りない場合がありますので、亜鉛の補充(プロマックなど)、人工唾液(サリベートエアゾール)を処方することがあります。
②検査でわかる副作用
骨髄抑制
フルオロウラシルやオキサリプラチン、イリノテカンなどの殺細胞性抗がん剤は、正常細胞にも作用して、細胞増殖のさかんな臓器、消化管上皮や毛髪、骨髄などに影響を及ぼします。
酸素を運搬する赤血球が減ると息切れ、動悸、疲れやすさなどの貧血症状が出ます。細菌を排除する白血球が減少すると、感染症にかかりやすくなります。37.5℃以上の発熱は、発熱性好中球減少症(FN)の可能性があります。白血球が少ない状態で感染症にかかると、体の抵抗力が落ちていますので菌血症・敗血症(血液中に細菌が増殖する状態)となり、命に関わる可能性があります。血を止める血小板が減ると鼻血、歯ぐきの出血、手足のあざ、血便などが出ます。貧血、血小板減少の治療法は輸血です。白血球減少(好中球減少)には、白血球を増やす薬剤で感染症やFNの予防を行う場合があります。
中心静脈(CV)ポートとインフューザーポンプ
フォルフォックス(FOLFOX)療法、フォルフィリ(FOLFIRI)療法、フォルフォキシリ(FOLFOXIRI)療法などでは、フルオロウラシル(5-FU)を46時間持続投与します。CVポートとインフューザーポンプによって外来治療が可能になりました。
中心静脈(CV)ポート
心臓近くの中心静脈は、点滴漏れのリスクが少なく、浸透圧が高い薬剤も投与可能な血管で、抗がん剤を安全に投与できます。CVポートは、胸や腕に埋め込むポートとカテーテル(管)で構成され、これによって、容易に確実かつ効果的に薬剤を投与することができます。
インフューザーポンプ
風船の収縮力を用いて微量の持続注射を可能にします。
相良 安昭Yasuaki Sagara
相良病院 院長
専門分野:乳癌に対する治療(外科治療、薬物治療)早期乳癌・転移性乳癌
専門医・認定医:
日本外科学会 専門医・指導医、日本乳癌学会 専門医・指導医、日本がん治療認定医機構 がん治療認定医
日本オンコプラスティックサージェリー学会評議員、公衆衛生学修士(ハーバード大学 公衆衛生大学院)
米国臨床腫瘍学会・米国外科腫瘍学会・ヨーロッパ臨床腫瘍学会 アクティブメンバー