ステージⅣは、肺とは別の場所に転移がある状態です。これを「遠隔転移」と呼びます。遠隔転移が見つかった場合、それ以外の部分にも、小さながん細胞が広がっていると判断して、全身に対して効果がある薬物療法が選択されます。ステージⅣの患者さんの薬物療法の目標は根治ではなく、痛みのコントロールなどを行うことでQOL(生活の質)を保ち、できるだけ長くがんとの共存を目指すことです。
非小細胞肺がんのステージⅣの患者さんに対して行われる薬物療法は選択肢が増え、以前よりも効果が向上しています。そのため、ここでは薬物療法の情報に焦点を当てて説明します。薬物療法以外の治療については、「再発・転移」をご覧ください。
非小細胞肺がんの薬物療法
以前は「化学療法」しか選択肢がありませんでしたが、現在では「分子標的治療」「免疫療法」という新たな選択肢もあります。
●「分子標的治療」の対象
遺伝子検査を行い、「ドライバー遺伝子」の異常(転移・転座)があると確認された場合のみ分子標的治療が行われます。
●「免疫治療」の対象
遺伝子検査を行い、「PD-L1」と呼ばれるたんぱくが発現していると確認された場合のみ行われます。
1)薬物療法は、段階的に行われる
初回の薬物療法は「一次療法」と呼ばれています。「一次療法」を行った後に再発や転移が見つかった場合、「一次療法」とは別の「二次療法」を行います。理由は、がん細胞には「薬剤耐性」と呼ばれる性質があるからです。
遠隔転移が見つかった場合、薬物療法を一度も行っていない患者さんでは一次療法から治療を始めます。
一方、すでに一次療法を受けている患者さんは、二次療法からスタートします。その理由は、一次療法で使用した薬剤に対して耐性が獲得されたと判断されるからです。二次療法を行って薬剤耐性が現れた場合、さらに使用する薬剤を変更して三次療法を行います。
肺がんワンポイント
「薬剤耐性」とは?
治療の始めには効果があったにも関わらず、治療を続けていくうちにがん細胞が薬剤に対して耐性(抵抗性)をもつようになることです。
2)薬剤の使用は、ドライバー遺伝子変異とPD-L1の発現で決まる
① 「ドライバー遺伝子の変異が陽性」の場合
「一次療法」では、各変異に対応する分子標的治療薬が使用されます。
「二次療法」では、一部の場合では「一次療法」で使用したのとは別の分子標的治療薬を使用しますが、それ以外では化学療法(細胞障害性抗がん薬による治療)や免疫チェックポイント阻害薬による治療が行われます。
② 「PD-L1の発現が50%以上」の場合
「一次療法」では、免疫チェックポイント阻害薬「ペムブロリズマブ」の単剤か、免疫チェックポイント阻害薬と細胞障害性抗がん薬(プラチナ製剤)の併用で治療が行われます。
「二次療法」では化学療法、または、免疫チェックポイント阻害薬を使った治療が行われます。
③ 「PD-L1の発現が50%未満」で「ドライバー遺伝子の変異が陰性」の場合
「一次療法」では、以下のいずれかの治療法が選択されます。
・免疫チェックポイント阻害薬「ペムブロリズマブ」のみ
・免疫チェックポイント阻害薬+細胞障害性抗がん薬
・細胞障害性抗がん薬のみ
「二次療法」では、「免疫チェックポイント阻害薬のみ」と「細胞障害性抗がん薬のみ」のどちらかが選択されます。
3)薬の選択は、患者さんの体の状態にも左右される
患者さんの身体状態によっては使用できない薬剤もあるため、身体状態を表す「パフォーマンス・ステイタス(PS)」も参考にして薬剤が選択されています。
分子標的治療薬
「ドライバー遺伝子」の異常は、がんが増殖する要因のひとつです。そこで、異常がある「ドライバー遺伝子」が働くのを抑えるために開発されたのが「分子標的治療薬」です。
「分子標的治療薬」は、その薬剤が標的とする「ドライバー遺伝子」に異常がある場合にだけ使用されます。この「ドライバー遺伝子」の異常の有無を確認するために行われているのが「遺伝子検査」です。
1)分子標的治療薬の使用は遺伝子検査で決まる
生検で採取された組織や細胞、または手術で切除された組織に含まれる遺伝子を調べることで、ドライバー遺伝子の異常の有無を確認できます。対象となっているドライバー遺伝子はEGFR、ALK、ROS1、BRAF、METの5種類です。
異常が見つかった場合は、そのドライバー遺伝子の異常に対して効果がある薬剤を投与して、がんの増殖を抑えます。そのほかにもRET遺伝子の変異、HER2遺伝子の過剰発現や変異に関しても、新たな治療薬を使った治験が行われています。
変異:遺伝子の形が変化すること
転座:別の遺伝子と融合すること
2)EGFR阻害薬
EGFR阻害薬は、EGFR遺伝子の変異が原因で起こる肺がんの増殖を止める薬です。
EGFRは細胞の増殖に関わるタンパクです。このタンパクを作る遺伝子(EGFR遺伝子)に変異があると、がん細胞が増殖しやすい状態になります。この状態をリセットする働きがあるのがEGFR阻害薬です。
EGFR阻害薬には、ゲフィチニブ(商品名:イレッサ)、エルロチニブ(商品名:タルセバ)、アファチニブ(商品名:ジオトリフ)、オシメルチニブ(商品名:タグリッソ)、ダコミニチブ(商品名:ビジンブロ)などの薬があります。
(主な副作用)
かゆみを伴うにきび、肌の乾燥、爪囲炎、口内炎、下痢、肝臓の機能低下など。副作用は軽症のことが多く、対処療法や薬剤を一時停止するなどで改善します。
重い副作用には、間質性肺炎があります。間質性肺炎は、肺が弾力を失って呼吸が苦しくなる病気です。呼吸が苦しい、空咳が出るなどの症状がある時は、すぐに医師や看護師、薬剤師に状況を伝えましょう。
3)ALK阻害薬
ALK阻害薬は、「ALK遺伝子」の異常によって起こる肺がんの増殖を抑える薬です。
「ALK遺伝子」に、ほかの遺伝子が融合する「ALK遺伝子転座」と呼ばれる現象が起こると「ALK融合遺伝子」ができます。「ALK融合遺伝子」には、がん細胞を増殖させるスイッチをオンにする作用があります。
ALK阻害薬は、スイッチが入った状態をリセットすることで肺がんの増殖を抑えます。
重い副作用として、間質性肺炎があります。間質性肺炎は、肺が弾力を失って呼吸が苦しくなる病気です。呼吸が苦しい、空咳が出るなどの症状がある時は、すぐに医師や看護師、薬剤師に状況を伝えましょう。
4)ROS1阻害薬
ROS1阻害薬は、「ROS1遺伝子」の異常による肺がんの増殖を抑える薬です。
「ROS1遺伝子」に、ほかの遺伝子が融合する「ROS1遺伝子転座」と呼ばれる現象が起こると「ROS1融合遺伝子」ができます。この「ROS1融合遺伝子」によって作られた「ROS1融合タンパク」は、がん細胞を増殖させるスイッチを入れる作用があります。
ROS1阻害薬には、このスイッチが入った状態をリセットする効果があります。
5)BRAF阻害薬
BRAF阻害薬は、BRAF遺伝子の変異が原因で起こる肺がんの増殖を抑える薬です。
「BRAF遺伝子」に変異があると、がん細胞を増殖させるスイッチがオンになってしまいます。この状態をリセットする働きがあるのがBRAF阻害薬です。ただし、BRAF阻害薬を単独で使うと、「BRAF遺伝子」とは別の「MEK遺伝子」が活性化され、かえってがんが進行するという弊害があることがわかっています。そこで、MEK遺伝子の働きを抑える「MEK阻害薬」も一緒に使用します。
実際の治療では、BRAF阻害薬タブラフェニブ(商品名:タフィンラー)と、MEK阻害薬トラメチニブ(商品名:メキニスト)が併用されます。副作用としては、発熱などがあります。
免疫療法薬
免疫療法薬は、免疫の働きを使ってがんの増殖を抑える薬です。
私たちの体には「免疫」と呼ばれる仕組みが備わっていて、がん細胞を攻撃して排除する役割も果たしています。この働きにブレーキをかけているのが「免疫チェックポイント」と呼ばれる仕組みです。本来「免疫チェックポイント」は、がん細胞などの異物を排除する免疫の働きが暴走するのを防いでいます。
一部の肺がんは、この「免疫チェックポイント」を悪用することで免疫細胞からの攻撃を回避します。カギとなるのは、「PD-L1」と呼ばれるタンパクです。がん細胞上に発現した「PD-L1」は、「免疫チェックポイント」のスイッチをオンにします。その結果、がん細胞を攻撃する免疫の働きが止まり、がん細胞は増殖していくのです。
「免疫チェックポイント阻害薬」のうち「PD-1/L1阻害薬」は、「PD-L1」が「免疫チェックポイント」のスイッチを入れるのを阻害する薬です。その結果、がん細胞を排除する働きが復活して、がんの増殖を抑えることができるのです。
1)免疫チェックポイント阻害薬の働き
免疫細胞のひとつ「T細胞」には、がん細胞を攻撃する働きがあります。
●正常な場合
がん細胞上のPD-L1とT細胞上のタンパク質PD-1が結合すると、免疫チェックポイントのスイッチがオンになります。するとT細胞の働きが抑制され、がん細胞への攻撃が止まってしまいます。
●がん細胞にPD-L1が発現している場合
●PD-1阻害薬やPD-L1阻害薬を使用した場合
PD-1阻害薬は、T細胞のPD-1に結合します。すると、がん細胞は免疫チェックポイトのスイッチを入れられなくなります。
PD-1阻害薬やPD-L1阻害薬を服用すると、免疫チェックポイントのスイッチがオフになるので、T細胞は、再びがん細胞に対する攻撃を開始します 。
PD-L1阻害薬は、がん細胞のPD-L1に結合します。するとPD-1に結合できなくなり、免疫チェックポイトのスイッチを入れられなくなります。
2)免疫チェックポイント阻害薬の種類と副作用
免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞上に「PD-L1」が発現していると確認された場合に使用されます。「PD-L1」の発現は、「PD-L1免疫染色」と呼ばれる検査を行うことで確認します。
肺がんに使用される免疫チェックポイント阻害薬には、ニボルマブ(商品名:オプシーボ)、ベムブロリズマブ(商品名:キイトルーダ)、アテゾリズマブ(商品名:テセントリク)、デュルバルマブ(商品名:イミフィンジ)があります。
(主な副作用)
免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞によって抑えられていたT細胞の働きを活性化する薬です。そのため、免疫チェックポイント阻害薬を使用すると、逆に免疫の働きが強くなりすぎて、副作用が現れることがあります。これを「免疫関連有害事象(irAE)」と呼びます 。
肺がんワンポイント
免疫チェックポイント阻害薬による「免疫関連有害事象(irAE)」
irAEとして起こるのは、間質性肺炎、大腸炎、1型糖尿病、甲状腺機能障害、肝・腎機能障害、皮膚障害などです。また頻度は少ないながらも、身体のどこにでも発症する可能性があり、心筋炎、脳炎、下垂体機能不全など重篤なものもあります。
irAEは、治療開始2カ月以内に発症することが多いとされていますが、それ以降に発生する場合もあります。投薬時には、特に注意すべき初期症状について説明があるはずなので、思いあたる症状がある場合は、すぐに病院に連絡しましょう。
監修医師
小島 史嗣 Fumitsugu Kojima
聖路加国際病院
専門分野:呼吸器外科
専門医・認定医:
日本外科学会 専門医、日本呼吸器外科学会 専門医・認定ロボット手術プロクター、日本がん治療学会 認定医
*本監修は、医学的な内容を対象としています。サイト内に掲載されている患者の悩みなどは含まれていません。
後藤 悌 Yasushi Goto
国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院
専門分野:臨床腫瘍学
専門医・認定医:
日本内科学会認定内科医 総合内科専門医 指導医、日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医 指導医、日本がん治療認定機構 がん治療認定医、日本呼吸器学会 呼吸器専門医 指導医
*本監修は、医学的な内容を対象としています。サイト内に掲載されている患者の悩みなどは含まれていません。